読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

一下級将校の見た帝国陸軍

一下級将校の見た帝国陸軍(組織と自殺)

「私はこの妙な気持ちを、収容所で海軍の老下士官に話したことがあった。彼は、「そうでしょ。特に夜ですな。艦が沈むときもそんな気になります。すぐ沈むと理屈ではわかっていても、白波の波頭だけがかすかに見える真っ黒な海に甲板から飛び込むのは、何と…

一下級将校の見た帝国陸軍(組織と自殺)

「いきなり逆に伏せたので、私の前の溝に四人の兵士が一列に伏せている形になっている。私はすぐ前のS上等兵に行った。「右へ匍伏し、河岸に出て、砲車の位置まで突っ走れ」 彼はうなずくと順々に前の者に逓伝した。ベテランの四人はすぐ指示を理解し、溝を…

一下級将校の見た帝国陸軍(組織と自殺)

「何もない。やはり敵はいない。「フン、またデマか、時間を無駄にさせやがって…」と思った瞬間、焔の少し先の道路にチラチラと動く黒い人影が見える。「オヤッ」と思い、四人が反射的に銃をかまえた瞬間、すぐうしろで「ピーッ」という呼子とも指笛ともつか…

一下級将校の見た帝国陸軍(組織と自殺)

「余りに急激な変転は、現実への実感を失わせる。自分のことが他人事のようにしか思えない。 「こりゃきっと悪夢なのだ、こんなことがあるはずはない。目がさめたら自分の部屋で寝ていたのだ」と感ずる。本当にそう感じたことは、それまでも再三あったが、バ…

一下級将校の見た帝国陸軍(組織と自殺)

「こういう例、「自決という名の明確な他殺」で、糾弾されざる殺人者の名が明らかな例も、決して少なくない。しかし、自己の置かれた位置が、必ずここに至ることを予見し、その屈辱の死を恐怖して、その前に自殺してしまった場合もある。 これが自殺・他殺の…

一下級将校の見た帝国陸軍(組織と自殺)

「自殺の原因や動機はさまざまであろう。また実際には他殺に等しい、強要された自殺もあるであろう。多くの場合、自殺の真因は不明だが、その中で最もわかりにくいものは、この両者の中間にある自殺、いわば本当に自分の意志なのか、実際は他人の意志であっ…

一下級将校の見た帝国陸軍(死のリフレイン)

「私はしばらく川面を見ていた。そのときである。かすかに吹く風に乗って、どこからともなくあのメロディが流れて来た。私は聞き耳を立てた。それは確かに聞いたことのない曲であった。不気味な川の面とこの曲が、何やら強い不安感となって私に迫り、言うに…

一下級将校の見た帝国陸軍(死のリフレイン)

「前にも述べたように、われわれは日没二時間前に、鍾乳洞”天の岩戸”を出た。E曹長は伝令一名をつれて、その一時間前に先発していた。明るいうちに無名河につき、渡河点を偵察するためである。(略) 砲身が九六キロ、砲架が約一〇〇キロ、揺架が確か一一〇…

一下級将校の見た帝国陸軍(死のリフレイン)

「車座の中に立つ二人は、本職ショオ・ダンサーだったのかもしれぬ。兵士にはあらゆる職業人がいるから、それは不思議ではない。この二人がぐでんぐでんになりながら、車座の合唱に合わせ、踊りとももつれあいともつかぬ、奇妙な所作を演じはじめた。そして…

一下級将校の見た帝国陸軍(死のリフレイン)

「ダメだ、もうダメだ」という状態に落ち込んだ時、その中における自分の一挙手一投足kを、そのまま正確に覚えていることは不可能に近い。I少尉救援の場合も、突っ込む直前でストップしたから覚えているわけで、もし突っ込んだら、たとえ生きて帰っても、…

一下級将校の見た帝国陸軍(最後の戦闘に残る悔い)

「翌十三日、朝十時ごろ。まだ撤収してこない彼を気にしながら、飯盒の中の籾殻だらけの飯を書き込んでいると、「バシッ」と鼻先を何かが通過した。「ありゃ」と私は呑気な声を出した。 次の瞬間、目の前のA上等兵が、パッと身を伏せると「少尉殿ッ、タマッ…

一下級将校の見た帝国陸軍(最後の戦闘に残る悔い)

「だが後で考えると、実に奇妙なことになっていた。掃討戦ともなれば、米軍はまず前哨を叩き潰して、ジャングルの出口に封をし、死に物狂いの逆襲を阻止しておく。ついてニューギニア式にドラム缶でも落して、ジャングル内の日本兵を焼き殺すつもりだろう。…

一下級将校の見た帝国陸軍(最後の戦闘に残る悔い)

「とはいえ食糧を盗奪せねば餓死する。だがジャングル前端付近の二、三家族用と思われる家屋群は、元来、米はほんの家族自給用で、本業はジャングル内の籐を切り出し、これを華僑の集買人に渡して石油・布・塩などの生活必需品と交換していたらしく、納屋の…

一下級将校の見た帝国陸軍(最後の戦闘に残る悔い)

「昭和二十年八月十二日、終戦の三日前、私は軍用地図にあるバラナン部落の東のジャングルにいたはずである。「はずだ」という言い方は妙だが、パラナンは地図にはあっても、それはどの部落がそれか現地で確認できないからである。 当時の比島の地図は、奥地…

一下級将校の見た帝国陸軍(参謀のシナリオと演技の跡)

「荒縄をぶった切り、箱をこじあければ、砲弾と薬筒が出てくる。野砲までは分離薬筒でないから、構造は小銃弾と同じである。従って薬筒の底に起爆薬がついている。それを叩けば爆発する。こんな危険なものの輸送に住民は使えない。 一方、私は、あらゆる人員…

一下級将校の見た帝国陸軍(参謀のシナリオと演技の跡)

「だが、前述のように、この名ばかりの一個中隊は、各中隊がそれぞれ、動けない病人と、動かせないで捨てて行った砲とで臨時に編成したものであり、そのため内部はバラバラであった。 中隊長役のS大尉は、名ばかりの指揮班と段列(弾薬糧秣輸送・補給班)を…

一下級将校の見た帝国陸軍(参謀のシナリオと演技の跡)

「考えてみるとそれも六月だった。だが、正確な日付はおぼえていない。 徴兵検査が六月、予備士官学校のベッドでも思索が六月、輸送船が六月でマニラ上陸が六月十五日。また六月が来て、あのひからもう三年がすぎていた。 そして私は「天の岩戸」の底で、死…

一下級将校の見た帝国陸軍(「オンリ・ペッペル・ナット・マネー」)

「虚構の演技のお付き合いが私ですめばまだよい。それはこれから、何千人か否何万人かの現地人に奴隷の役を演じさせようとしている。人海作戦、この恐怖の言葉_わずか十数ドラムのガソリンの代わりに、何千か何万かの人が駄獣の役を勤めようとしている。(…

一下級将校の見た帝国陸軍(「オンリ・ペッペル・ナット・マネー」)

「「ああ、燃料があれば、ガソリンがあれば……」私は心の中でうなった。(略) 問題はただ、そのための”石油”がないというだけなのである。前提の変化を無視し、「気魄演技」で何をごまかしたとて、帝国陸軍の存在自体がすでに虚構にすぎないことを、証明しつ…

一下級将校の見た帝国陸軍(「オンリ・ペッペル・ナット・マネー」)

なぜこういう奇妙なことになったのか。その基本的な理由は、「私の中の日本軍」を記した時より、オイル・ショック後の今日の方が理解しやすいであろう。軍人は二言目には「日清・日露の……」と言った。日露戦争時までは、戦艦、イギリス炭、下瀬火薬、小銃が…

一下級将校の見た帝国陸軍(私物命令・気魄という名の演技)

「将校にももちろんこれがあった。そして辻政信に関する多くのエピソードは、彼が「気魄演技」とそれをもとにした演出の天才だったことを示している。そしてロハスを処刑せよとか、捕虜を全員ぶった斬れとかいった無理難題の殆どすべてが、いつしか習慣化し…

一下級将校の見た帝国陸軍(私物命令・気魄という名の演技)

「事実、参謀が口にする、想像に絶する非常識・非現実的な言葉が、単なる放言なのか指示なのか口達命令なのか判断がつかないといったケースは、少しも珍しくなかった。 ではその方言的”私物命令”の背後にあったものは何であろう。いったい何のためにロハス処…

一下級将校の見た帝国陸軍(私物命令・気魄という名の演技)

「神保中佐は正式の文書が来てもなお、一種の第六感で、「だれかが勝手に作った命令(すなわち私物命令)じゃないか」と思った。そしてそのヒントは前記の引用に傍点を付した部分※、 すなわちバターン戦終了時に、どこからともなく発せられた捕虜殺害の”軍命…

一下級将校の見た帝国陸軍(私物命令・気魄という名の演技)

「天皇の軍隊で、”上官の命令は直ちに天皇の命令”なら、たとえどんな”無茶な”命令でも、命令一下、全軍がすぐさま動き、たとえ”員数作業”でも命令遂行の辻褄だけは合わせるはずである。 従って、われわれが「その命令が本物か否か」を、常に、最後の最後まで…

一下級将校の見た帝国陸軍(一、軍人は員数を尊ぶべし)その5

「おかしいよナァ、実戦なんだから。軍隊だけは、絶対に員数主義があってはならんはずなのだが……」 なぜこうなったのか。ある人は、陸軍ご自慢の委任経理(実費経理でなく、一定金額を委任してやりくりをさす経理方式)がその元凶だと言い、これに対して経理…

一下級将校の見た帝国陸軍(一、軍人は員数を尊ぶべし)その4

「双眼鏡で眺めれば、ラフ島には人影は見えず、島の北端のラフ町はうす汚れた無人の廃墟となり、屋根の落ちた煉瓦建ての教会堂だけが、くっきりと見える。島の西端から、点のような一隻の小舟が左岸へ進んでゆく。行く先は明らかにあの隠れた入り江で、そこ…

一下級将校の見た帝国陸軍(一、軍人は員数を尊ぶべし)その3

「一方われわれはすでに補給ゼロ。一個中隊や二個中隊が左岸に行ったところで、第一、あの広大な左岸地区の、どこをどう歩きまわればよいのか。カガヤン州の対岸だけでルバング島の十倍はある。そこのジャングルから米比軍の”小野田少尉とその部下”を発見す…

一下級将校の見た帝国陸軍(一、軍人は員数を尊ぶべし)その2

「この員数主義の基盤は”組織の自転”であり、その組織の内部に手が付けられず、命令が浸透しないという現実と、後述するもう一つのことに基因していた。これは入営して、虚心、周囲を眺めれば、だれでもすぐに気づいたはずである。 例えば私が入営したのは、…

一下級将校の見た帝国陸軍(一、軍人は員数を尊ぶべし)その1

「移動の時は、身軽な歩兵は砲兵よりはるかに速い。彼らの陣地はバタバタと撤収されて行くのに、砲車はまだジャングルから5号道路まで引き出せない。一方、カガヤン川左岸のゲリラはこちらの動きを察知したらしく、威力偵察らしい”誘い”の攻撃を仕掛けてく…

一下級将校の見た帝国陸軍(みずからを片付けた日本軍)

「指揮官に呼ばれ、ジャングル内の部隊本部に駆け込むと同時に私は言った。「決心変更ですか?」「うむ」指揮班長のS中尉はむっとした顔で私を見た。傍らの部隊副官I中尉は、私の方にちらっと視線を向けてから、だれに言うともなく吐き捨てるように言った。 …