「御伽噺のはじまりは」
邵可の物語。
先代黒狼は女性だった!
しかも戩華王が愛するただ一人の人だった!
邵可は二人の弟を救うことと引き換えに「黒狼」を継いだ。
一族の中で唯一自分を認めてくれていた、大好きだった叔母を殺した。
何かと衝撃的なことばかり。私は本当にこの本を読んだのだろうか、と思う。
以前読もうとした時も、最初の「恋愛指南」を読んで、
挫折したのかもしれない(^^;
この彩雲国物語、少し神話っぽいなぁと思うことがよくあります。
この上なく美しい顔の人、これ以上ないほど能力のある人、
妖艶な人、無私な人、強い人、善悪を超えた所で生きている人、
何でもわかっている人、
そして主人公もどこまでも「きれいごと」を貫く少女。
まるで、神様のように「出来すぎ」の人々の物語です。
そして、そんな出来すぎの人々の世界を喜んで見ていたい私がいます。
この邵可もそういう意味で、神様のような存在に見えます。
「いつか誰かが綺麗ごとをまっすぐに貫き通す、そんな日を見たいと思うよ。」
その為に闇の凶手になった。
「…それでもね、北斗、私は弟たちに、御伽噺を信じて欲しいと思ったんだ。」
「[そうして三人の兄弟は、いつまでも仲良く暮らしました。めでたしめでたし]
たった一つの御伽噺。いつか人生の終わりまでその御伽噺を守ることが出来たなら。」
映画、「ライフ イズ ビューティフル」を思い出しました。
でも、綺麗ごとを守るために汚いことに手を染める、
それを続けて、嘘をついて、それでも表向きは綺麗な人で居続けることは、
可能なのだ、とされている段階で、人間理解が御伽噺だなぁと思う。
「神話」だなぁと思う。
と思いました。
「すべてを一人で背負って、一族を救った。バカな一族は明日自分たちが暢気に
生きているのが、ボンクラと嗤う長兄のお陰などと、知るよしもない」
この感じは、先日の「優しいだけでは政事は出来ない。」にも通じるのでしょう。
でも… ……。 ……。 ……。
と思います。
「多少」の汚いことをしてでも国を守る → 知らしむべからず、依らしむべし。
何を破壊するのかを見ようとしないのは、やっぱり御伽噺の世界の住人
だとしか思えません。
そして、こんな心乱れた邵可がいるのは、秀麗が茶州に行ったためだという
所に、本当に本当に親の苦しみが描かれていて、
心配り、目配りが行き届いているなぁと思いました。
「外伝」には恋愛指南のような娯楽ものもあるけれど、
こんな考えさせられる物語もあって、ますます、この長編小説は
奥行き深いなぁと感心しています。