読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

蒼き迷宮の巫女

よくわからなかったことが、一つハッキリしました。

秀麗が死ねば、薔薇姫は蘇るということ。そして薔薇姫は、邵可や秀麗が

いない世界でその後も生き続けるということ。

璃桜は、薔薇姫が居なくなってから20年間も、薔薇姫の消息を知らずにいて、

今は、秀麗亡き後、薔薇姫に会えることを心待ちにしているらしい。

なんとも、時間の感覚が宇宙的です。

ファンタジーだから、と言えばそれまでだけれど、

現実に宇宙はあるわけで、妙にリアリティーがあるファンタジーです。

「暗き黄昏の宮」の最後、瑠花が秀麗に「白い子供」の身体を見せて、

もしこの身体を使うことで命を永らえることが出来るなら、そうしたいか?

と問うた時の秀麗の答えをあの後、何度も思い返しました。

生きたいと願ってはいるけれど、それは、今この世界で、今自分が持ってるもの

で、今の丸ごとの紅秀麗で生きたいのだと。その丸ごとの秀麗の中には、病気の身体

も入っている、と。(言葉は正確ではありませんが)

確か、それは、良い悪いではなく好みの問題、という風に言っていたと思うけれど、

この「好み」がまた私としてはとても好ましく感じます。

何故好ましく感じるのかを説明しようとしても、うまく説明できませんが。

それでも説明してみると…

例えば、ある日突然野良猫に出会ったとします。

猫なんて飼う予定もなかったし、その必要も感じていなかった。

でも、その時突然、自分が拾って飼おうと思ってしまう。

その猫は今目の前にいる猫でなければならず、他のもっときれいで、

もっと価値の高い(血統書つき)の猫ではない。

そんな風に、私たちは今を生きている。今、この場所でこの時間、この環境で、

この出会いの中で。まるで奇跡のような一度限りの人生を生きてる。

そのことに気付いてしまうと、猫を飼おうと思わせてくれたのは、

あの野良猫であり、ここまで生きてきた自分のキャラクターだからこそ、と

わかってしまう。そんな時、もはや今の自分と他のものを取り替えられなくなってし

まう。たとえ、今の自分がどれほど出来が悪くても。

まぁ、秀麗の場合は、全然出来が悪くないのですが。

…なんてことを考えました。

「(薔薇姫)愛情も、悲しみも、死も、別離も、人間と過ごすなら当然避けられぬ

多くの思いをすべて受け入れて。その選択を璃桜は理解できない。理解できないから

、だめだったのかもしれない。」

今の疑問は、羽羽と瑠花の関係は??

そして、また現れた茶朔洵は??

司馬迅は?葵 皇毅と陸 清雅は実は敵??

もう、前半の記憶が薄れてきていて…

あと、もう一回くらい読み直さないとダメかもしれません(^^;。