読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

一緒にいてもひとり-アスペルがーの結婚がうまくいくために-

息子のマークがたくさんの専門医に見てもらいながらも、

治療法がない病で苦しんでいる時、ギャビンは…

「よくなったら千ドルあげるよ」と言いました。

マークが「千ドルは欲しいけど、よくならない」と言うと、

「じゃ、2千ドルならどうだい」と。

マークとカトリンはあきれて、そのやり方を笑いました。

「でも、それはある意味、失礼なことでした。

ギャビンはマークを助けようと思ってしたのですから。」

カトリンにこの感覚があるから、ギャビンは少しずつではあっても、

カトリンの言うことを受け入れられるようになっていったのだろうな、

と思います。

「…彼の心はいつも高速回転し、集中できませんでした。

これがわかったのは彼が自分の思考方法を説明してくれたからでした。」

「ぼくは自分の経験を保存する。目で見た印象や習ったことをコンピュータのように

保存する。…略… 一つの考えがきっかけになって次々と出てくる。

まるでスライドショーのように次々と出てくるので、どこが始まりか

わからないくらいだ。白昼夢を見ているようだ。

これが始まるとぼくはとてもイライラして、もとの考えに戻ろうと必死になる。」

前回、私は自分も少し自閉症っぽいというようなことを書きましたが、

でも、こういう症状を聞くと、アスペルガーと診断された人と、

多少それっぽい人との間には、とても大きな隔たりがあるとはっきり

わかります。

とても、大変なストレスを抱えて、しかもそれを表現することなく、

なんとかやりくりして頑張って生きてるのが、アスペルガーの人なんだ、と。

「ずっと結婚でくるしんでいるのは自分だけだとおもっていました。

今ではギャビンも同様に孤独を感じていたと知っています。

日夜、彼は自分の考え方を理解してくれる人が誰もいないようだと

思い続けて来ました。

ギャビンには理解できない理由で、人はいつも彼に戸惑いを感じました。

何年もたつとギャビンは理由を知ろうとするのをあきらめました。

どれだけ一生懸命がんばってもみんな自分から離れていくのですから。

私も例外ではありませんでした。」

このギャビンの気持ちを思うと切なくなります。

カトリンが引き合いに出している、ヴィクトル・ユゴーの言葉。

「人生の至福とは愛されていると確信できることだ。

こんな自分だから愛されている。いや、こんな自分なのに

愛されていると確信できることだ」

カトリン自身が、ギャビンから愛されていると確信することが出来なかった。

苦しかった。でも、だからこそ、カトリンは

ギャビンに愛していると確信させられる状況を作り出したかった。

丁度あの彩雲国物語の邵可が薔薇姫に確信させたかったように。

そして、あの邵可が秀麗に

「龍蓮に対しては、中途半端に係わってはいけない。

いつか離れるくらいなら、最初から近づいてはいけない」と言ったのも、

邵可自身が、弟である黎深の人から理解されない悲しみを知っていたから

なんだろうな、と思いました。

すごくすごくわかるような気がします…

何故って、アスペルガーではなくても、人にしっかり理解されて、

「こんな自分だから愛されている」と確信できている人が

どれだけいるんだろう、と思います。

いつかみんな離れていく…その恐れを持たずに生きてる人って

どれだけいるんだろう、と思います。