読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

ねじまき鳥クロニクル

「あなたはよそで作られたものなのよ。そして自分を作り替えようとする

あなたのつもりだって、それもやっぱりどこかよそで作られたものなの。

ねえ、ねじまき鳥さん、そんなことは私にだってわかるのよ。

どうして大人のあなたにそれがわからないのかしら?」

「煙草をやめたときに味わった苦痛に似ていた。時間についての思考を方遂して

しまおうと決めた時からずっと、僕の頭はほとんど時間のことしか考えて

いなかった。それは一種の矛盾であり、分裂だった。」

「私はずっと自分のことを正直な人間だと思ってきました。もちろん

私にもいろいろと欠点はあります。でも私は何か大事なことで誰かに嘘を

ついたり、自分を偽ったりしたことはありませんでした。あなたに隠れて何かを

したことなんて、一度もありません。それはわたしにとってはささやかな

誇りのようなものだったのです。でも私は何ヶ月にもわたって

あなたに対して致命的な嘘をついて、そのことでこれっぽっちも

悩まなかったのです。その事実が私を苦しませました。」

「ただひとつ、覚えておかなくてはならないことは、お前のからだは

その男に汚されてしまったということだ。」

とても面白くて読みやすくて、ひきつけられるように読んでいます。

お陰さまで、例の残虐シーンのことはかなり薄まって楽になりました。

でも、何なんだろう…ってずっと思ってるのは、

わからないことがありすぎるせいなのか、自分の感覚と違いすぎるからなのか、

面白いんだけれど、こういうお話が好きか?と言われると

あまり好きではないという気持ちになります。

毎朝、ギイギイギイとねじをまく鳥のおかげで、世界が回っているという話。

大昔から大勢の人々が重々しく論じてきた「世界」を

童話のように見てしまうところや、クミコや加納クレタのあまりにも

ロボットのような人間性が、私にはついて行けません。

「つまりさ、私たちは多かれ少なかれいっぱいいろんなものごとについて

考えるでしょう。哲学とか、心理学とか、論理学とか。

あるいは宗教、文学。そういう種類のややこしい思考とか観念とか

いうものは、もし死というものが存在しなかったなら、あるいはこの地球の

上には生じてこなかったんじゃないかしら? …略…

つまり ― 私は思うんだけれど、自分がいつかは死んでしまうんだと

わかっているからこそ、人は自分がここにこうして生きてることの意味

について真剣に考えないわけにはいかないんじゃないのかな。…略 」

「私たちが進化するためには、死というものがどうしても必要なのよ。

私はそう思うな。死というものの存在が鮮やかで巨大であればあるほど、

私たちは死にもの狂いでものを考えるわけ」


あの残虐シーンがあれほど強烈に描かれていたのは、この

鮮やかで巨大な死を演出する為だったのかもしれないと、思います。

少なくとも、死にもの狂いでものを考える必要がありますよね、というのは、

わかるような気がします。

今日は、「正しい名前、夏の朝にサラダオイルをかけて焼かれたもの、

不正確なメタファー」まで読みました。