読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

サピエンス全史 下

〇ハラリ氏は、物質的な要因や社会的、倫理的、精神的要因について述べ、人々の幸福度を評価しようとした心理学者や生物学者ら被験者の質問表や、その他のデータについて説明します。

「<幸福度を測る> 以上から、過去二世紀の物質面における劇的な状況改善は、家族やコミュニティの崩壊によって相殺されてしまった可能性が浮上する。

となると、現在の平均的な人の幸福度は、1800年の幸福度と変わらないのかもしれない。非常に重要視されている自由でさえも、私たちに不利に働いている可能性がある。私たちは配偶者や友人や隣人を選択できるが、相手も私たちと決別することを選択できる。


自分自身の人生の進路に関してかつてない絶大な決定権を各人が行使するようになるにつれて、深いかかわりを持つことがますます難しくなっているのを私たちは実感している。

このように、コミュニティと家族が破綻をきたし、しだいに孤独感の深まる世界に、私たちは暮らしているのだ。」


「私たち現代人は、鎮静剤や鎮痛剤を必要に応じて自由に使えるものの、苦痛の軽減や快楽に対する期待があまりに膨らみ、不便さや不快感に対する堪え性がはなはだ弱まったために、おそらくいつの時代の祖先よりも強い苦痛を感じていると思われる。」



「豊かな現代の社会では、毎日シャワーを浴びて衣服を着替えることが習慣となっている。だが、中世の農民たちは、何か月にもわたって身体を洗わずに済ませていたし、衣服を着替えることもほとんどなかった。」


「幸せかどうかが期待によって決まるのなら、私たちの社会の二本柱、すなわちマスメディアと広告産業は、世界中の満足の蓄えを図らずも枯渇させつつあるのかもしれない。

もしあなたが5000年前の小さな村落で暮らす18歳の青年だったら、自分はなかなか器量が良いと思っていただろう。(略)同じ学校の生徒は醜い連中だったとしても、あなたの比較の対象は彼らではなく、テレビやフェイスブックや巨大な屋外広告で四六時中目にする映画スターや運動選手、スーパーモデルだからだ。」


「ホスニ・ムバラク政権下の平均的エジプト人は、ラムセス二世やクレオパトラの統治下のエジプト人に比べて、飢餓や疫病、あるいは暴力によって命を落とす可能性は格段に低い。

大半のエジプト人の物質的な状況は、かつてないほどに良好だ。2011年にはエジプト人たちは通りに繰り出して踊り回り、そんな幸運をアッラーに感謝していたことだろうと、あなたが考えたとしても無理はない。


ところが彼らは感謝するどころか怒りに燃えて蜂起し、ムバラク政権を打倒したのだ。彼らが比較対象にしていたのは、ファラオ治世化の祖先ではなく、オバマ政権下のアメリカで暮らす同時代人だった。」


「貧しい者は、自分は死を免れないのに、金持ちは永遠に若くて、美しいままでいられるという考えには、到底納得できないだろう。」