『日本人の暴力性 PWになってから日本人の暴力性がつくづく嫌になった。もっとも戦争とは民族的暴力に違いないが、これとて弱い者いじめのことが多い。日清、日露は強者に対する戦いであったが、日支事変は正に弱者いじめだ。こんな戦いを長いことやっていたので日本人の正義感は腐ってしまったのだ。
侠客も旗本に対抗してきた時代は、弱きを助け強きを挫く正義感があって大衆の味方だったが、近来のやくざは強きを助け弱きを挫くだ。弱者をよってたかって痛めつけ得意になっている。大東亜戦の南方民族に対するのと同じだ。そして強敵米軍が来たら、ろくに戦争もせずこのざまだ。
これからの日本には彼等が毒虫としてしか作用せん事は確実だ。』
『日本の捕虜になった米人 日本軍に捕らえられた米軍将兵の一部が今度は我々をPWとして扱うようになった。彼等は例外無しに一般米人より意地悪く我々には手に負えない人種だ。
一体日本人が家畜を飼うとその家畜の気性がどうしても荒くなる。日本犬、日本馬、日本牛何れを見ても外国種に比し気が荒く喧嘩が好きだ。外国種の家畜を輸入してもすぐ荒くしてしまう。
これでは米人捕虜の気が荒くなるのも無理はない。日本人は余程考えなければならない。』
「以上の引用は、だれにとっても「いやな」記述であろう。人間にとって、「苦しかったこと」の思い出は、必ずしも苦痛ではない。否、むしろ楽しい場合さえある。(略)
結果的には、自分にとって何ら具体的な痛みではなかったことでも、それがその人間にとって最も深い「精神の創」、永遠に癒えず、ちょっと触れられただけで、時には精神の平衡を失うほどの痛みを感じさせられる創になっている場合も少なくない。」
〇ここを読みながら思っていたのは、次男の中学の頃のことです。不登校気味になったのは、中二の時でした。周りに聞いても担任に聞いても、本人に聞いても、いじめられているという話はありませんでしたし、「物証」のようなものも、ありませんでした。
でも、いじめや学級崩壊が問題になっていた時期、本人には直接「何か」なくても、
見たり聞いたりの中に、学校に行くのが嫌になるようなことがあったのかな、と思いました。
この不信感や恐怖感、歪んだ寂寥感がそのまま次の世代に引き継がれます。子供や若い人が、しっかり元気に生き生きと生きていられる社会じゃなきゃ、次の発展には繋がらないと思います。
現状維持さえままならないと思います。
若い人、子供たち(母子家庭の貧困を見てください)をなぜこんなにもいじめるのか、と思います。