読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

はてしない物語

〇 面白いです。そして確かにこのお話も少し夢の中の世界という雰囲気があります。
今、「色のある死グラオーグラマーン」というところまで読みました。

順不同なのですが、ここにとても共感できる言葉があったので、先ず、ここから先に
メモしたいと思います。

ファンタージエンの道は、あなたさまの望みによってのみ見いだされるのです。」
グラオーグラマーンはいった。「そして、いつも一つの望みから次の望みによってのみ見いだされるのです。(略)


だから、ある場所を立ち去ろうと思うだけでは十分ではない。他の所へゆきたいという望みがなければだめなのです。望みを持って、それにご自分を導かせるのです。

「でも、ぼくはここを出てゆきたくないんだもの。」バスチアンはいった。

「あなたさまは次の望みをお見つけにならなくてはなりませぬ。」グラオーグラマーンは厳しいともいえる口調でいった。」


〇思春期に、将来の夢は?と聞かれる子供たちの姿を見るし、私自身も、将来何になりたいの?と聞かれたことがあるような気がします。

でも、この質問は本当に難しい問いなのだ、ということがよくわかるシーンです。


「「ファンタージエン中のどんな扉も、つまり、ごくあたりまえの家畜小屋の戸や台所の戸や、そればかりか戸棚の戸でさえ、ある決まった瞬間には、この千の扉の寺への入り口になるのです。(略)」


「(略)千の扉の迷路は、なにかほんとうの望みがあってはじめて通り抜けられるのですから。ほんとうの望みを持っていないものは、自分が何を望んでいるのかはっきりするまで、寺の中をぐるぐる迷い歩かねばなりません。それが、ときにはずいぶん長くかかるのです。」

「それで、入り口になる扉はどうやって見つけるんだい?」

「見つけたいという望みを持つことです。」バスチアンは長い間考えていたが、やがていった。

「変だなあ。望もうと思っても、簡単には望めるものじゃないね。望みって、どこから起こってくるんだろう?望みって、いったい何なんだろう?」


グラオーグラマーンは驚いて少年を見つめた。が、何もいわなかった。」

〇 望みと言っても、例えば昔私が望んだように、「きれいになりたい」とか「人に何でも勝てるような体力気力能力が欲しい」なんて望みは、どうなんでしょうか。

このバスチアンは叶い美しくなったけれど、一般凡人は、そう簡単じゃない。
ここに書かれていることは、お話の中のことで、少しも現実とは繋がらない、と考えて、普通は思春期を過ごします。


でも、ここまで生きてきて振り返ってみると、やっぱり一番大事なのは、
これだと思うのです。

あの「二ーバーの祈り」のように、変えられることと変えられないことはある。
でも、どうしても諦められない望みは、例え叶いそうになくても、望み続けてしまうような気がします。

そして、そのことと生きる意味が繋がってしまうような気がします。

今の私は、もう「きれいになりたい」とは思いません(^-^;
でも、願いをすぐに諦めず努力できるようになりたいと願うように
なりました。

だから、ここで言われている、「いつも一つの望みから次の望みへと進むことができるのです。」ということについては、とても実感があります。


聖書の中に、

「たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。」(コリント、13-3)

という言葉があります。

私は昔、この言葉に支えられました。
そして、色々な形で、色々な人からその愛を受けました。

私自身は、人付き合いも苦手、内向的、口下手で、人と関わりたくないタイプの
人間です。

でも、諦めきれないものは?と聞かれたら、「愛を信じること」と言いたいような気がします。そして、愛を信じられるとき、どんな形であっても、やっと生きる力が湧き上がるような気がします。

私自身がそういう体験をしました。

でも、「あなたは将来何になりたいの?」と聞かれて、
私は「〇〇になりたい」と答えるべき答えは今も見つかっていません。


「「それは、あなたさまが真に欲することをすべきだということです。あなたさまの真の意志を持てということです。これ以上にむずかしいことはありません。」

「ぼくの真の意志だって?」バスチアンは心にとまったそのことばをくりかえした。「それは、いったい何なんだ?」

「それは、あなたさまがご存じないあなたさまご自身の深い秘密です。」

「どうしたら、それがぼくにわかるだろう?」

「いくつもの望みの道をたどってゆかれることです。一つ一つ、最後まで。それがあなたさまをご自分の真に欲すること、真の意志へと導いてくれるでしょう。」

「それならそれほどむずかしいとも思えないけど。」バスチアンはいった。

「いや、これはあらゆる道の中で、一番危険な道なのです。」ライオンはいった。

「どうしてだい?」バスチアンはたずねた。「ぼくは怖れないぞ。」

「怖れるとか恐れないとかではない。」グラオーグラマーンは声を荒げていった。

「この道をゆくには、この上ない誠実さと細心の注意がなければならないのです。この道ほど決定的に迷ってしまいやすい道はほかにないのですから。」


「それは、ぼくたちの持つ望みがいつもよい望みだとはかぎらないからかい?」

ライオンは尻尾で傍の砂をぴしゃりと打った。そして耳を伏せ鼻にしわを寄せた。目は緋を吹いていた。つづいてグラオーグラマーンがまたあの大地をゆるがす声を発したとき、バスチアンは思わず頭をすくめた。

「望みとは何か、よいとはどういうことか、わかっておられるのですかっ!」」


〇 読んでいると、少しあの「東洋的な見方」の中に出てきた「真人」のイメージに近いように感じました。