読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

シーラという子 _虐待されたある少女の物語_

「シーラはなぜ自分がここにいるのかを知っていた。二日目からずっと、彼女は私たちのことを愛情をこめて”頭のおかしなクラス”といい続けていた。

そして自分は悪いことをした頭のおかしな子供なのだった。(略)
私の方からもその話題に触れることはしなかった。私が何かを避けるということはめったにないことだったが、ただ勘でそう思った以外他に理由はないのだが、この問題だけは本能的にそっとしておいた方がいいと感じたのだ。

だから、私たちがその問題について話し合ったことは一度もなかった。だからあの寒い十一月の夕方に、いったいシーラの心に何が去来したのか、私にはまったくわからなかった。」


「月曜になると、ウィットニーがシーラのオーバーオールとTシャツを持って、学校からすぐのところにあるコインランドリーに走った。万全の解決策とはいえなかったが、それでも少なくともシーラはもうあまり匂わなくなった。」



「ほうっておいて解決しない問題はシーラの父親のことだった。私は彼に会って話してみようと、しつこく努力を続けていた。(略)

その夜が来て、アントンと私は出かけて行ったが、家には誰もいなかった。(略)


あまりにかわいそうなので、天気のひどい日には私が車で迎えに行くことにした。休み時間にはさらに上に着るものを与えていたが、ある時家までその服を持って帰らせたら、翌日紙袋に入れてつき返されてきた。

”施し”を平気で受けたといっておしりを叩かれた、とシーラはきまり悪そうに言った。ソーシャルワーカーは父親には何度もこのことはいってきているし、一度など父親の福祉の手当てからシーラの服を買うようにと彼をダウンタウンまで連れて行ったこともあったといった。

それでもどうやら父親はあとから服を返してしまったようだった。あの男に無理にさせようと思ってもだめなのよ、とソーシャルワーカーは肩をすくめてみせた。(略)

父親が自分の怒りをシーラに八つ当たりすることが、よく知られていたからだった。」



「学校のある間じゅう、私はシーラに情緒障害やいままでの環境のせいで彼女が受けることが出来なかったことをできるだけ経験させてあげようとした。

シーラは生き生きとしてきた。毎日毎日見るもの、やることすべてが珍しく、彼女は歓声をあげた。最初の何週間か、シーラは一日中私にくっついて歩いていた。

どこにいっても、振り返るとそこには胸にぎゅっと本か算数のブロックの箱を押し付けたシーラがいた。私と目が合うと、彼女の唇全体に無邪気な笑みが広がった。」



「彼女のちっぽけなうぬぼれがそうせざるを得なくさせていたのだ。何度も何度も彼女は自分がクラスで一番優秀な子供で、一番頭が良く、一番一生懸命勉強をする、一番の先生のお気に入りだということを証明したがった。


私がそれを認めることを断固として拒否すると、彼女は「コーボルトの箱」の中のメモの数で、自らそれを証明しようとし出した。だが、どうやってその点数をかせいでいいのか、シーラにはわからなかった。」


「「なんであの子はたくさんもらえるの?」とシーラは首をかしげた。「あの子がなにをするっていうんだろう?なんでみんなあの子のことがそんなに好きなのかな?」

「そうね」と私はこの問題についてしばらく考えた。「まず言えることは、タイラーはお行儀がいいわ。何かが欲しい時には、ちゃんと頼むでしょ?ほとんどいつも、どうぞっていうわ。

それからありがとうも。そう言われると、みんな彼女のことを助けてあげようとか、彼女と一緒にいたい気持ちになるでしょ。彼女はいい気持ちにさせてくれるから」


シーラは顔をしかめ、自分の手を見つめていた。かなりたってから、彼女は責めるような目で私を見た。「なんであたしに”どうぞ”とか”ありがとう”っていってほしいっていちどもいってくれなかったの?そう思ってるなんて知らなかったよ。なんでタイラーにはいって、あたしにはいわなかった?」

私は信じられない思いで彼女の顔を見た。「私はタイラーにそんなこといってないわ、シーラ。そんなことはみんなが自分からすることよ。みんなが他の人には行儀よくしたいと思っているのよ。」

「そんなこと知らないよ。誰もいってくれなかったもの」シーラは非難するようにいった。「トリイがあたしにそんなふうにしてほしいと思ってたなんて全然知らなかったよ。」

考えてみると、シーラのいうとおりだった。」


「残念ながら、すべてのエデンの園がそうであるように、やはりヘビが二、三匹いた。最初の一月の間、私たちにはどうしようもないと思われた問題が二つあった。」


「シーラのこういう態度は首尾一貫したものだった。答えを書くことを要求されると、彼女はそれに触れようともしなかった。この態度はぬり絵から絵をかくことにいたるまですべての教科に及んだ。」


「だが何時間もそんなことをさせるわけにはいかない。だから、もしシーラを静かにするコーナーにいかせて、彼女がそこにいってニ十分も座っていてもまだ筆記問題をやる気にならない場合には、私はもういいことにした。


権力争いで私が勝つことは、彼女を活動的にさせ、クラスに参加させることに比べればそれほど大事なことではないのだから。」


〇ここを読みながら、ため息が出てしまいました。私たちの国の学校で、「活動的に」「クラスに参加して」毎日の学校生活を送っている生徒がどのくらいいるんだろうと。


「彼女がこの状況を警戒していることは明らかだった。いままでこんなに面と向かってシーラに何かを強制したことはなかったので、彼女としては私がどういうつもりなのかわからないようすだった。

内心私はいらいらのあまり内臓がねじれそうだった。胃がぎゅっと縮み上がり、心臓は早鐘のように打っていた。」



「シーラは堪忍袋の緒が切れたのか、耳をつんざくような悲鳴をあげ始めた。ありがたいことに彼女も私と同じ左利きだったので、私はにぎったまま彼女の手を動かすことができた。(略)

再び私は彼女から答えを引きだし、無理にそれを書かせた。
私たちは自由時間の間じゅうこんなふうにもみ合い、彼女は悲鳴をあげて抵抗し、私は無理に彼女の手を抑えつけながら、プリントを最後まで書ききった。


だが、私が手を離したとたんに、シーラはテープでとめたプリントを引きはがしてこまかくちぎってしまった。(略)


そして教室の反対側まで走っていくと、振り返って私を睨みつけた。
「だいっきらい!」シーラはあらんかぎりの大声で叫んだ。」


「私は彼女をじっとみつめた。反感、自信喪失、様々な嫌な気分が身体を駆け抜けた。私は私たちの関係をぶちこわしてしまったのだろうか?彼女が来て以来、三週間の間あんなにうまくやってこれたのに、それをたった半日でめちゃくちゃにしてしまったのだろうか?


シーラは私をみつめていた。長い間、永遠とも思える長い間、私たちは黙って見つめ合っていた。」



「「ごめんなさい。あなたがどうしても書く問題をやってくれないから、かっとなってしまったのよ。あなたにもみんなのように書く問題をやってもらいたかっただけなの。

あなたにやってもらうってことが、私には大事だから、どうしてもやろうとしないあなたを見ていると腹が立つのよ。だから怒ってしまったの」


彼女は警戒しながら私の顔をじっと見ていた。下唇を突き出し、傷ついたような目をえいたが、それでももっとそばににじり寄ってきた。
「いまでもあたしのこと好き?」
「きまってるじゃない。今でも好きよ」


「でもあたしのこと怒って、怒鳴ったよ」
「誰でもかっとなることはあるわ。大好きな人にでもね。だからといって、その人が嫌いになったわけじゃないのよ。ただかっとなっただけなの。

で、しばらくしたら怒りはどこかへいってしまって、お互いやっぱり相手のことが好きなんだってわかるの。前と同じようにあなたが好きよ」
シーラは唇とぎゅっとかみしめた。「ほんとにあんたがだいきらいってわけじゃないんだ」
「わかってるわ。あなたも私みたいに怒ってただけなのよ」
(略)


そんなわけで私は筆記問題戦争に降参した。というか少なくとも戦うのは止めた。」



「シーラについての二番目の問題は、もっと深刻で解決するのもはるかに困難だった。彼女には限度を知らない復讐癖があった。自分のやりたいことを妨害されたり自分が出しぬかれたりすると、シーラはものすごい勢いで仕返しをした。

頭がいいだけにその仕返しはより恐ろしいものとなった。というのも彼女はその人が何を大事にしてるのかをいちはやく感じとり、自分が不当な扱いをされた仕返しにその点に攻撃を加えるからだった。」



「だが、めちゃくちゃになった教室を見回しながら、私にはどうしていいのか考えもつかなかった。シーラがこういうことをやったという事実、私がこういうことをおこさせてしまったのだという事実に私は打ちのめされた。」



「校長が怒鳴るのも無理はない。だがこの問題に対する校長の解決法がどんなものかも私には分かっていた。コリンズ校長は、ほとんとの違反は体罰用の棒で叩くことによりなくなる、あるいは少なくともなくなることに役立つと考える昔の学校の考え方を身につけていた。


校長はシーラの腕をつかんだ。私はすでに彼女のオーバーオールのひもをつかんでいたが、その手を離さなかった。
私たちは、二人とも黙ったまま目を見合わせた。シーラは私たちの間で引っ張られる格好になった。」



「コリンズ校長は向きを変え、シーラを連れて廊下を歩きだした。私はベネディクト・アーノルド(1741-1801.米国独立戦争時の軍人。英軍に内通した反逆者)になったような気分で、少し遅れてついていった。

でも、彼らのいうとおりなのかもしれない。私はこの子の為にこの三週間で主なものだけでも二度も自制心を失っていた。彼女はほんとうに州の精神病院に入れる必要があるのかもしれない。私にはわからなかった。

この問題は私の手に負えるものではなくなってしまっていた。」


「私は麻痺したように座ったまま見ていた。あれだけ叩かれることはないと念を押した後で、こういうことが起こってしまった。あれだけ一生懸命、ばかみたいに一生懸命この子のことでがんばってきたというのに。


私はふだんは自分がどれほど子供たちに入れ込んでいるかを決して自覚しないことにしている。日々の生活の中で意識するそばから追い払うことにしているちょっとした恐れや失望のように、私は子どもたちが本当はどれほど自分にとって大切なのかということからも逃げて、それを認めまいとしてきた。


もし自分がそのことに気づけば、子どもたちが失敗したときに自分がより一層がっかりするのが分かっていたからだ。あるいは私が失敗したときに。

この仕事に携わっている人々があれほど多く燃え尽きてしまうのもこの理由_つまり、自分が入れ込み過ぎていることを知っているせいなのだった。だからこそ私はそのことに目をむけないようにしていた。

私は夢想家だった。が、私の夢は非常に高くつく夢だった。私たち全員にとって。」



「これからどうしたらいいだろうか?いうまでもなく、シーラはこの破壊癖をなんとかしなければならなかった。だが、どうやって?この子がひっくり返したあの多くの机や壊れてしまった窓のブラインドをどうしたらいいだろうか?

例え彼女が百万ドル相当の損害を与えてしまったとしても、一人の人間の命と比べた場合それがどうだというのだろうか?


もし学校側が彼女を学校から放り出し、停学処分になどしたら、彼女はもう戻っては来ないだろう。長年この仕事をしているからそれくらいのことはわかる。いずれそのうちに、当初の予定通り州の精神病院に入れられることになるだろう。

でも、それからどうなる?精神病院から出てきた六歳の子にふつうの生活をするどんなチャンスがあるというのか?(略)


私たちは彼女を見失ってしまうはずだ。ほとんどの人が彼女が存在していたことすら気がつかないうちに。人生で一度もチャンスに恵まれなかったこの聡明で独創的な少女は、これからも一度もチャンスを得ることはないのだ。

あのどうでもいい多くの机にそれほどの値打ちがあるというのだろうか?」



「しばらく間をおいてからシーラがいった。「あたしがあそこを片付けてもいいよ」
「それはいい考えね。でも、ごめんなさいは?謝れる?」
彼女はボタンをひっぱった。「わかんない」

「悪いと思ってるの?」
彼女はゆっくりとうなずいた。「こんなことになって悪かったと思ってる」


「謝るってことを覚えるのはいいことよ。謝ると相手の人はあなたのことを前よりよく思うようになるわ。ごめんなさい、片づけますからっていう練習をやりましょう。練習したほうがいいやすいでしょ?

私がホームズ先生になるわ。じゃあ練習しましょう」
シーラは私の方に倒れ込んで来て、私の胸に顔を押し付けた。

「でも、まだもう少しこうして抱いていてほしいよ。お尻がすっごく痛いんだ。もうちょっと良くなるまで待って。いま、考えたくなよ」

笑みを浮かべながら私は彼女を抱き寄せ、私たちは薄暗い書庫の中で一緒に座っていた。シーラはお尻の痛みが和らぎ、眼前に迫っていることに立ち向かう勇気が出てくるのを待ちながら。

そして私は世界が変わってくれるのを待ちながら。」