「私が望んでいた通り、シーラの子どもらしい無邪気さ、身体が小柄なこと、生まれついての美しさすべてがあいまってミセス・ホームズの中の母性愛を引きだしたのか、彼女は喜んで、シーラがなんとか償いをしたいという気持ちを受け入れてくれた。」
「深入りし過ぎたために、私は適切な判断が出来なくなっているのだ、と。エドは悲しげに微笑んだ。シーラがここまで進歩したのは結構なことだが、彼女が私のクラスに入れられた目的はそういうことではなかったのだ。
彼女はただ精神病院に空きができるまで待つためにここに来ただけなのだ。それだけのことだったのだ。」
〇ここで思い浮かんだ言葉は、「好き好き大好き超愛してる」の中の言葉です。
「パスカルは言った。
愛し過ぎていないなら、十分に愛していないのだ。」
「言い返したいことが次々にあふれてきた。私にあんな小さな女の子を預けたことを、彼らはいったいなんだと思っていたのだろうか?
怯え、傷つき、いままでろくな目にあってこなかった、たった六歳の子供だというのに。そんな子を何をそんなにそれ怖がることがあるのだろうか?
それなのに彼らは今、私にこういうのだ。この子のことを心配する必要はない。待ち時間の間一緒にいるだけなのだから、と。シーラは州の精神病院に空きができるまでの間、何カ月でもただ自分の椅子に座っているだけでよかったのだ。
そしてそのときがきたら出て行けばいいのだ、と。」
「私は泣きながら部屋を出てまっすぐ車に乗り、家に帰った。(略)
私の理想主義はこてんぱんにやっつけられたのだ。この世の中には七百ドルの値打ちもない人間もいるのだということを思い知らされたのだった。」
「なだめられるのがいやで、私はバスルームにとじこもり、45分間もシャワーを浴びながらめそめそ泣いていた。
私が出てくると、チャドはまだ居間に座って猫をかまっていた。チャドは微笑んだ。それで私も微笑んだ。幸せではなかったが、しかたがないという気持ちだった。」
「事態は私が予想していたほどには悪くならなった。教育はすべての子供に受けさせなければならず、いまこの時点ではシーラに教育を授けられる人間は私しかいなかった。
妥協案としてエドはコリンズ校長に、私のクラスを専門に監督する昼食補助員を新たに確保すること、シーラは私が直接監督していないかぎりはぜったいに教室から出させないことを約束した。
それで事態は少なくとも一応の決着をみたのだった。」
「学習面ではシーラはぐんぐん伸びた。彼女の活発な頭を夢中にさせておく教材に苦労するほどだった。私は彼女の勝を認めて、筆記問題はいっさい扱わないことにした。」
「社会的な面では進歩の度合いは遅くはあったが、それでも着実に伸びていた。シーラはセーラと友達になり、幼い女の子特有の友情を育みはじめていた。
私はシーラにスザンナ・ジョイが色を覚えるのを手助けする任務も課した。」
「シーラは一日中私の後をくっついて歩かなくてもよくなってきていた。(略)
私はそれをやめさせようとはしなかった。私が彼女から離れて行ってしまわないということを知って、安心することが彼女には必要なのだと感じていたからだ。」
「ミセス・ホームズの教室での事件の結果ひとつだけいいことがあった。シーラの父親に会えたのだ。」
「話はいっこうに進展しなかった。恐ろしさに私の血は凍り付き、自分がどんどん縮んでいって床の隙間に落ちてしまいたい、そして自分が好きな人に父親のこんな言葉を聞かせているという屈辱からシーラを救ってあげたい、と思っていた。
だが、そういうことも出来なければ、父親を止めることもできないでいた。」
「考えてみればこの父親も気の毒な人なのだ。きっとほんとうに息子を愛していたのだろう。その息子を失ったことが耐えられないのだ。こんがらがった未熟な頭の中で、彼はシーラにジミーを失った責任を負わせているようだった。」
〇「こんがらがった未熟な頭」の人というのは、私自身も含め、けっこう大勢いそうです。そうなると、その人を説得するのはむずかしい。
もし、我らの国のトップがそんな人になり、その周りの人も「こんがらがった未熟な頭」の人となると、もう絶望的です。
こんな状況を変えるにはどうすればよいのか…。
「問題を分類し、その問題点を修復するに十分なソーシャルワーカーも、里親も、福祉の予算もなかった。最もひどい虐待を受けている子供だけが家庭から保護されていた。
他の子どもたちを収容するだけの場所がなかったのだ。それでも、私はシーラの父親に、それほどつらいのだったらシーラを施設に預けることを考えたことはないのか、と思い余って聞いてみた。
それがまちがいだった。今まで泣いていたのが急に烈火のごとく怒りだし、つかみ掛からんばかりに私に両手を振り回した。」
「彼は高校さえ卒業していないのだ。彼は高校卒業認定資格の取得をめざして勉強していると熱心に語った。彼が密かにこんな夢を育んでいたとはいままで聞いたことがなかった。
最初はいやいや仕事に来ていたのに、彼はいつの間にか私のクラスの子供たちを愛するようになり、いつの日か自分だけのクラスで教えたいと思うようになったのだった。(略)
なぜならそれこそまさしく私が危惧していたことだったからだ。そのレベルの教育を受けるまでにどれだけの時間とお金がかかるかにアントンが気付いているとは思えなかった。」