「冬の厳しさにもかかわらず、スイセンの花のようにシーラは花開いていった。日ごとに彼女はどんどん進歩していった。彼女のかかえる状況が許す範囲内ではあるが、シーラはいまではいつも清潔だった。
毎朝はずむようにやってくると、顔を洗い歯をみがいた。自分がどう見えるかをとても気にし、鏡に映った自分の姿を丹念にチェックした。
私たちは新しいヘアースタイルをいろいろ試してみた。」
「概してシーラはクラスのみんなに好感をもたれているようなので、私はうれしかった。
学習面では、まったく問題なかった。シーラは私が与える問題ならほとんどなんでも喜んでやった。」
「不思議なことに、私の二日間の留守をめぐっての不和は、シーラの心の安定にはマイナスに働かなかったようだった。私が帰ってからの数日間、シーラはまた私に付きまとっていたが、それもすぐにしなくなった。(略)
彼女にはあの出来事のことを何度も何度もくりかえし口にする必要があったようだ。私が彼女のそばから去り、そして私はもどってきた。彼女は怒り、破壊的な行動にでた。私も怒り、癇癪をおこした。そして私は彼女に自分がまちがっていたといい、悪かったといった。そのようなドラマの一こま一こまを、彼女は何度も何度も話したがった。
そのつど彼女がどんな気持ちだったのか、なんであの日吐いてしまったのか、どんなに怖かったかを口にしながら。(略)
どうやら私たちがお互いに腹を立て、そしてそれを乗り越えたことも彼女の中では重要な位置を占めているようだった。おそらく、最悪の状態の私を見たことで、シーラは安心したのかもしれない。
彼女に対して怒っている時の私がどうなるのかを知ったからこそ、いま彼女は私を信頼できるんぼだ。それが何であったにせよ、シーラは自分お問題を言葉で解決することを学んだのだった。だからもう身体的な接触を必要としないのだ。言葉で充分なのだった。
不思議なことに、私が留守にしてまた返って来たときの例の事件のあと、彼女の破壊的な行動はほとんどでなくなった。」
「シーラの心をいまも大きく占めているのは、捨てられたという意識だった。(略)
私にはこのことが彼女の失敗を極度に恐れる気持ちと直接結びついているような気がしてならなかった。」
「彼女には喜ぶという才能もものすごくあった。人生全体が混乱に満ちた悲劇であることが多いこういう子供たち相手の仕事をしていると、人間というのは本来、喜ぶ生き物なのだということを日々確信させられる。
シーラの気分はゆれが激しく、また今までの生活のせいで荒廃してしまった気持ちから管園医解放されるということはなかった。だが、だからといって彼女が幸せから遠いということは決してなかった。
ちょっとしたことで彼女の目はきらりと輝き、いまでは彼女のうれしそうな笑い声を聞かない日は一日もなかった。」
「その花をやさしく持って、山吹色のラッパのところを撫でながらシーラは微笑んだ。」
「ウィットニーは両手で頭を支えて、テーブルをじっと見ていた。「私いつもろくなことをしない。いつも自分のやったことですべてをめちゃくちゃにしてしまうんだわ」
「いまだからそういうふうに思えるだけよ。でもあなたにも本当はそうじゃないってわかっているはずよ」
「お母さんに殺されるわ」」
「「ちょっと話していい、トリイ?」
「ええ」
それでもウィットニーはかたくなに私の顔を見ようとはしなかった。「ここはね、私が世界中で一番好きな場所なの。みんなそのことで私をからかうわ。いつも。みんなこういうの。なんであなたはいつも頭のいかれた子たちと一緒にいたがるの?って。
私も頭がおかしいと思われているのよ。それもいい意味でクレージーだっていうんじゃなくて、ほんとうに精神がおかしいと思われているのよ。そうじゃなかったら、なんでこんな場所にそんなにいたがるのかって」
「人からそういわれたこと、ある?」初めてウィットニーは私を見た。
「直接にはないわ。でもかなりの数の人が心ではそう思っていると思う」
「あなたはどうしてここにいるの?」
私は微笑んだ。「それは私が正直な人間関係が好きだからなんだと思うわ。いままでのところ、そういう意味で正直だと思える人は、子どもたちか頭がおかしいといわれている人たちだけだったわ。だからこの場所は私にとってはとても自然な所に思えるの」
ウィットニーはうなずいた。「そうね。私もそこが好きなの_みんな自分が感じた通りの気持ちを表に出すところが。そうすれば少なくとも誰かが私のことを嫌ってたら、そうだとわかるでしょ」
彼女は弱弱しく微笑んだ。「おかしいんだけど、私にはあの子たちが、普通の人と比べてそれほど頭がおかしいと思えないことがあるの。つまり…」彼女の声はそのまま立ち消えになってしまった。
私はうなずいた。「ええ、あなたのいいたいこと、よくわかるわ」」