「ぼくがどうこうできることじゃないんだよ。あの幼児を火傷させた事件のあと、州はあの子を施設収容する決定をしたんだ。被害者の男の子の両親の気持ちを考えたら、そうする以外他に方法がなかったんだよ」
「エド、そんなばかな事ってある?あの子は六歳なのよ。そんなことできるはずがないじゃないの」
「座って、ふだんは決して飲むことのないコーヒーを飲みながら、なんとか涙を流すまいとした。エドの言うとおりだ。私は深くかかわりすぎたのだ。」
「確かに、そのへんを通っていく人々の目には、彼女はどこにでもいる何千人何百人の子供たちと同じようにしか見えないだろう。だが、私にとっては残りの全員よりも彼女だけが大切だった。
私は彼女を愛していた。そんなつもりではなかったはずなのに。それなのに彼女を愛したことで、彼女は私にとって特別のものになってしまった。
いまとなっては私は彼女に”シェキニンがある”のだ。涙が出てきた。」
「私は彼女に微笑みかけた。「シーラ、愛してるわ。このことは忘れないで。もしあなたが一人ぼっちになったり、こわくなったり、何か悪いことがおこったりするような時が来たとしても、私があなたのことを愛しているということだけは忘れないでね。
ほんとうにあなたのことが大好きなんだから。誰かが誰かにしてあげられることって、これくらいしかないのよ。」(略)
だが言わずにいられなかったのだ。自分自身の心の平静の為に、私は自分が最善をつくしていることを彼女に伝えたと思う必要があったのだ。」
「こうしてピリピリした雰囲気で始まった会合だったが、話し合いが進むにつれて変化が見えてきた。
私はシーラが学校で勉強した成果や、教室でのシーラの様子をアントンが撮影したビデオを持ってきていた。
アランは知能テストの結果を報告した。シーラの前の教師は二人とも感銘を受け、そのことを口にした。
またもや私が直情的な行動に出たことで怒っているのではないかと私が恐れていたコリンズ校長までもが、シーラは行動面でたいへん進歩したと発言してくれた。
彼がそう話しているのを聞いていると、思いがけなく校長に対してあふれるような愛情がわいてきた。」
「最終的に父親は私たちに同意した。ついに私たちはこれが”慈善”でも”善行”
でもなければ、へんな裏のある策略でもないことを彼に説得できたのだった。(略)
この父親だって固い殻の下には父親としての本能のようなものを持っているに違いないと信じていた。彼なりのやり方で、彼はシーラを愛し、シーラと同じくらいの同情を必要としていたのだ。」
「廊下に喚声がわきおこり、私たちはお互い抱き合って小躍りした。「勝った!勝った!勝った!」シーラは金切り声を上げて、みんなの足元でぴょんぴょん跳ねた。」
「シーラは私たち二人と手をつないで、真ん中でぶらさがっていた。小さな女の子用のドレスの売り場にいくと、とたんにシーラは照れてしまってどうしてもドレスを見ようとせず、私の脚に顔を押し付けてしまった。」
「「三つとも全部買えたらいいのにと思ってるの?」
シーラは首を横に振った。「トリイがお母さんで、チャドがあたしのお父さんだったらいいのにって思ってるんだ」
私は笑みを浮かべた。」
「私がいままで受けた心理学の授業のすべてが、だめだといえと迫っていた。だが、彼女の目を見ていると、どうしてもそうはいえなかった。」
〇読んでいても辛くなります。私の「自然な感情」に従えば、ここは、何らかの形で、シーラの傍に居続けることを考えてしまうのが普通では?と思うのですが、
このトリイさんは、そうしません。
そして、実際問題として、そんな風に気持ちを込めて関わった子供たちすべてを
自分のプライべートな生活に組み入れていたら、トリイさんは、教師でいられなくなる。
所謂、公私混同しない、ということが必要で、でも、この教師であるということには、愛するということが必須で、気持ちはごちゃごちゃになってしまうだろうな、と思います。