読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

タイガーと呼ばれた子_愛に餓えたある少女の物語

「魔法が始まったときのことははっきりと覚えている。私は八歳で、ウエッブ先生のクラスのあまりぱっとしない三年生だった。(略)
そのころの私の世界は、我が家の下を流れている幅が広く湿地のようになっている小川と、かわいがっていたペットのことだけだった。学校はこれらお気に入りのものと楽しむのを邪魔するものでしかなかった。


ある朝のこと、私たちの読み方のグループは、ウエッブ先生が次のグループの生徒が本を読むのを聞いている間、自分たちの席に戻って自習しなさいといわれた。


自分の机の上のワークブックの下に、私は紙を一枚隠していて、しなければならない課題をする代わりに、先生の目を盗んでは何か書いていた。私は家でダックスフントを飼っていた。七歳の誕生日に母がプレゼントしてくれた犬だ。この犬を主人公にして、うちにいる年取った雌の猫や、目をつっつきにくるカラスの盗賊などが出てくるおそろしい物語を書いていたのだ。


夢中になりすぎて、私はウエッブ先生が動き出したことに気づかなかった。自習をしていない八歳児に当然起こるべきことが起こった。ウエッブ先生はわたしからその物語をとりあげ、わたしは休み時間も席にとどまってワークブックをしなければならなかった。

この出来事自体はたいしたことではなく、残念ながらわたしにはよくあるようなことだったので、このときのことはすっかり忘れてしまっていた。(略)


「はい、あなたのでしょ」といって先生は私に紙を手渡した。例のわたしの愛犬とカラスたちの物語だった。(略)



そのときのことを私は鮮明に覚えている。スカートごしに伝わって来るコンクリートの冷たさ、学校の入口の暗さと対象的な晩秋の日の光、からっぽの運動場の気味が悪いほどの静けさ、帰りが遅くなりすぎるとおばあちゃんが心配するからもう帰らなくてはと思いながらすわっているあのかすかに不安な気持ちまでがまざまざと蘇って来る。


でもその物語を書いた紙はわたしをとらえて離さなかった。
わたしの愛犬、彼の冒険、わたしが心の中でいつも作り上げていたものすごい経験をするという興奮。すべてがそこにはあった。私は物語を読みながら、自分がそれを書いている時と同じ興奮を味わっていた。


そのことに気づいた時、私はびっくりして読んでいた紙を下ろした。そう、紙を下ろして、その紙の上縁越しに、だれかが運動場のアスファルトにチョークで描いた石蹴り用の線を見ながら、この発見に圧倒されていたのをよく覚えている。(略)


わたしは時間を止めたのだ。あの日、学校の入口の階段のところで、私は自分が第一級の魔法に出会ったことを知ったのだった。ほんとうの魔法に!


その後の子ども時代と、思春期から大人になるまでずっと、私はつかれたように書き続けた。(略)

書くということは、多少ふつうとは違っていたかもしれないが、強力な教育だということがわかった。特に、書くことで私は客観的になったり、相手に感情移入したりする能力を育てることが出来た。そのおかげで私は大幅に他人との違いを受け入れることが出来るようになり、もちろんその結果観察眼を養うこともできた。」


〇画家も作家も、実は本当に小さなころから書いていた、という話を後から聞くと、人間の才能って不思議だなぁと思います。


「この変化に腹が立ったし、もしこのまま教室にとどまりつづけたら、わたし自身もすぐに失業するだろうということが分かっていたので、私は障害児教育の博士号をと
るための勉強をしようと心に決めた。だが、これは愚かな決断だった。

障害児教育のヒエラルキーの中で私が大好きな唯一の場所、つまり現場で教えるためには、博士号はどかえって邪魔だったのだ。さらに悪いことに、博士号取得の勉強のために、私は今まで自分が逃れようとしてきた理論をつくり上げる場所に自ら飛び込んでいかなければならなくなった。

当然のことながら、どうしても心からその場になじむことは出来なかった。
わたしは他に気持ちのはけ口をさがすことでなんとかしのいていた。この場合、そのはけ口となったのは、ずっと前からしている心理的要因による言語障害に関するリサーチを続けることだった。」



「シーラとのことを書いてみたいという欲求はだいぶ前からあった。(略)ときどきこれらの記録を繰ってみていると、その間ずっとシーラの声が聞こえて来た。彼女独特の抑揚や、あのひどい文法の歌うようなシーラの喋り方が。私はその言葉を書きとめなければならなかった。」


「書き終えてはじめて気がついた。225ページものそれは、わたしが単に自分の楽しみのために書いた覚書きではなく、一冊の本だということに。私はその時、これはシーラを探し出して彼女にこの本を読んでもらわなくては、これから先に進めないと思ったのだ。」