読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

タイガーと呼ばれた子_愛に餓えたある少女の物語

「選択性無言症に関する私自身の研究を続ける一方で、スタッフに混じってさまざまな研究プロジェクトを共同で行う研究心理学者として、私はサンドリ―・クリニックに採用された。


スタッフは七人。所長のドクター・ローゼンタールを含む五人は、ベテランの児童精神科医だった。」



「わたしの立場から唯一玉にきずといえるところは、同僚のほとんどがフロイト派に傾倒していて、そのため教育界での同僚が行動主義心理学に縛り付けられていたように、彼らの考え方がフロイト流の解釈に縛り付けられていたことだ。

そんな場に居合わせた私は、修道院へ入ることを許された無神論者のようなものだった。」


「ほんとうのことを言うと、私はジェフが大好きだった。私たちはスタッフの中でも最年少で、他のスタッフたちとは何十歳とは言わないまでもかなり年齢が離れていた。


私たちの関係は大人に囲まれたなかでの兄と妹のようだった。」



「私がやっとシーラの居所をつかんだのは、彼女があと三カ月で十四歳の誕生日を迎えるというころだった。私は七年間も彼女に会っていず_七年と言えば彼女のそれまでの人生の半分だ_二年前に郵便で受け取った例の詩を別にすれば、五年間も音信不通だった。


わたしは彼女が父親と一緒にブロードヴェーの街からかなりはずれたところに住んでいることを探し当てた。父親と電話で話した後に、訪ねていいかと私はきいた。」



「ドアを開けてくれるのがその人だろうと予想して居なかったら、シーラの父親だとはわからなかっただろう。彼は七年間で驚くほど変貌をとげていた。私が覚えている薄汚い太りすぎの大酒飲みの姿はそこにはなかった。(略)


何よりもびっくりしたのはその男性の若さだった。最後に彼に会った時、私は二十代前半だったが、私はいつも彼のことを私の親の世代だと思っていた。だが、今になって私はショックとともに彼はわたしと比べてもそれほど年をとっていないということに気づいたのだった。」


「しばらくしてから、彼はテレビの上に置いてあった写真を手にした。「ほれ、みてみるかい。おれの子どもたちだ」
野球チームの写真だった。少年たちは十歳か十一歳位だろうか。(略)


「ここ一年ほどコーチをしてるんだ」私の側に移動して写真を見ながら、彼は言った。」



「そのときドアが音を立てて開き、そこにシーラがたっていた。
これがシーラ?
そこに立っていたのは、なんとオレンジ色の髪をした、ひょろっとした思春期の女の子だった。赤みがかったブロンでも赤毛でもなく、道路に置く円錐標識(カラーコーン)のyほうなオレンジ色だ。その髪を長く伸ばし、ちりちりにパーマをかけた上からカブスの野球帽をかぶっている。」



「彼女のほうで私が分かったかどうかは、疑問の余地はなかった。私を見た途端に、シーラはもっとも予期しないものを見たとでもいうように、急に立ち止まった。


彼女の頬が赤くなった。「ハーイ」そういって恥ずかしそうに微笑んだ。あの笑顔だった。彼女の顔がとたんになじみ深いものになった。」



「ここでこれ以上詳しいことを聞くのは無神経だと思ったので、私からは何も聞かなかったのだが、わたしに分かった限りでは、シーラは八歳から十歳までと、それから十一歳のときにもしばらく里子に出されていたようだった。そして今から一年半前に父親が仮釈放されて以来、二人は一緒に暮らしていたのだった。」



「何か話のきっかけになるものを探しながら、私は昔教室で子供たちに話をさせるよう仕向ける時に使った手を使うことにした。


「じゃあ、何がいちばんいやなの?」
「自分が一番年下なこと」シーラはためらいもなくそう言った。「それがいちばんいや」
わたしを非難しているのだろうか?飛び級をさせたのはわたしの責任だということを彼女は知っているはずだった。暗にそういうことを言って居るのだろうか?」



「突然シーラが音をたてて息を吐き出し、頭を振った。
「すっごくへんなかんじ。あたし、ずっとあんたのことをとても良く知っている人だって思ってたのに」彼女はここまで言って私のほうを見た。「だけど、あたしたちって全く知らない人同士ってかんじじゃない」


思い切ってこう言ってくれたことが、張りつめていた緊張をときほぐした。(略)


自分のほうからシーラは学校のことを話し始めた。彼女は学校が嫌いだった。」



「「その原稿が車にあるの。あなたに読んでもらいたいのよ」私はいった。
「本?」シーラは信じられないというようにいった。「本を書いたの?あんたがものを書く人だったなんて知らなかったよ」
わたしは肩をすくめた。
「あたしのことが書いてあるの?あたしたちのクラスのことが?えーっ、へんなの」こう言ってシーラはちょっと笑みを浮かべた。「だって、そんなの、超へんだよ」」




「「トリイ、なんたって、あたしはあのころまだすごく小さかったんだから。今まであたしが生きて来た半分以下のころに起こったことなんだもん。だから、喜んで読ませてはもらうけど、ほんとのこと言ったら、トリイの好きなようにどう書いてもらってもいいんだよ。正直いって、あたし、何も覚えてないんだから」」




「シーラは顔をあげた。「すごいじゃん。彼のこと、自慢でしょう。声でわかるよ」
「アントンが成し遂げたことは、すばらしいわ。すごくたいへんなことなのよ。その間ずっと、彼は家族を養って行かなければならなかったし、それまではずっと季節労働者だったんですもの」」




「彼女の了解を得るためにこの本を持ってきたものの、彼女が自分の過去を無理やり記憶から消し去ろうとしてきたかもしれないことなどあまり真剣に考えていなかった。そういう反応はわたしにはシーラらしくないように思えたので、まさか彼女がこんな反応をするとは思ってもいなかった。


今になって突然、私は自分が彼女に行ったことが恐ろしくなってきた。この本は上昇型の物語だった。だが、それはあくまで私の始点から見てのことだった。」



「このひょろひょろしたパンク少女は、私が見つけ出そうとしていた子ではない。私は心の中で失望と戦わなければならなかった。



「あたしが覚えているのはいろんな色のこと」と、シーラは自分の心に話しかけるように静かな声でいった。「それまでのあたしの生活は白と黒だけの世界だったのが、あの教室にいってみたら…きれいな色がいっぱいあった」彼女は考え込むようにうーんといった。


「いつもその色のことをフィッシャー・プライスの色として思い出していた。知ってる?おもちゃメーカーの。フィッシャー・プライスの赤や青や白。全部があのはっきりした原色なんだ。

上にまたがって足で押すと進む木馬を覚えてる?あたしはよく覚えてる。色まで全部覚えてるよ。勉強しなければならない時に、テーブルの前にすわって木馬の色をずっと見ていたことを覚えてる。木馬のどこにフィッシャー・プライスと書いてあったかも。


ああ、あたしあの木馬がすっごくほしかったんだ。よくあの木馬のことを夢見てた。あれがあたしの木馬で、トリイがあたしにあの木馬を家に持って帰って、あたしのものにしてもいいっていってくれる夢を」


もしシーラがその木馬のことをそこまでほしいと思っていることを言ってくれていれば、おそらく彼女にあげていただろう。でも、彼女はそんなことは全く言わなかった。」



「「この本であたしがいちばんへんだとおもうところなんだけどね、トリイ。この本読んでると、あたしたちいつも喧嘩してたみたいじゃない。まるでページごとにトリイってあたしのこと怒ってるみたい。あたしはトリイが怒ったのなんて一度も覚えてないんだけど」


わたしはビックリして彼女の顔を見た。」


「シーラがこんなに多くのことを忘れてしまっている事実をわたしはどうしても受け入れられなかった。その夜帰りにハイウェイを車で走りながら、私はそのことを何度も何度も考えてみた。(略)


どうしてあれほどの体験が、色鮮やかなプラスチックのおもちゃの思い出程度のことになってしまえるのか?このことに私は傷ついた。私にとってはとても重要な経験だったから、彼女にとっても少なくとも同じくらいの重要性はあったと思っていたのだ。(略)


わたしがシーラの人生を変えたのだ。少なくとも私はそういうふうに自分にいいきかせてきた。そんな風に考えていた自分の傲慢さに気づいて、車の中には自分一人しかいないのに、頬がかっと熱くなった。


今にして思えば、あの五か月間はシーラにとってというよりも私にとって、より意味のあるものだったのでは、と考えが及ぶにいたって、私はさらに鼻をへし折られたような気持になった。」


「闇のなかをとばしながら、私は自分が六歳のときのことを思い出そうとした。自分が一年生のときのクラスにいた何人かの子供の名前を思い出すことは出来たが、私がい出せるのはほとんどが出来事だった。(略)



やはりシーラにもっと覚えていてくれることを期待するのは無理な注文だったようだ。
それでも、私はまだいじいじと思っていた。シーラはそのへんにいるふつうの子ではないのだ。あの年校内心理学者が行ったほとんどすべてのIQテストで最高点を取ったほどの才能豊かな子供だったではないか。」