読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

タイガーと呼ばれた子_愛に餓えたある少女の物語

「車内での会話に私は動揺していた。直感的にそうだと思っていたが、やはりそのとおりだった。シーラはわたしのことを怒っているのだ。でもなぜ?彼女が本のなかの人物を期待しているのに、実際のわたしがいやになるほど人間臭いから?

そんなことで私が彼女から感じているほどの強い反感をかうとは想像できなかった。(略)

彼女がわたしに何を求めたにせよ、それが彼女が今得ているものとは違うことはたしかだった。」



「ジェフがいぶかしそうに片方の眉を上げた。「だれに手を焼いてるんだ?あのかわいいオランウータンか?」



「ジェフはやさしく微笑んだ。「ここで何がほんとうに問題なのか、僕がどう思っていると思う?きみもシーラも二人とも同じ病気にかかってしまっているんだよ。


シーラが覚えているのは、自分に決して怒らなかったすばらしい教師なのに、実際のきみが実にふつうの人間だということがわかって彼女は動揺している。


だが、ヘイデン、君の方でも全く同じことをしているんだよ。君の今の彼女への態度に影響をあたえているのは、君が覚えているのも現実の子どもとしてのシーラではなく、本の中に出てくるあの六歳児だっていうことなんだよ」

「そんなことないわ」
「ぼくたち、みんなそうなんだよ。すべて記憶と言うものは、僕達が経験したことの自分なりの解釈なんだよ。ここで違うことと言えば、ふつうは本を書いたりはしないということだけだ」とジェフはいった。」


〇こんな風に理解する風土があるということがすごいなぁと思います。


「翌朝、私たちは子どもたちを三つの小さなグループに分けた。最初の予定だと、もっとも個別的に注意を払う必要のあるジェシーとジョシュアを一人が担当して、残りの六人を年齢で分け、年少組のケイリー、デイヴィッド、マイキーを一人がみて、もう一人がアレホとタマラ、ヴァイオレットの年長の三人を見るはずだった。


私はこのデイヴィッド、アレホ、ヴァイオレットのグループを受け持ち、”誘導絵画”と私が読んでいるものをやることにした。これは、短時間実際にはないものを心で見る訓練をしてから絵を描くというものだ。


この方法は子どもの感情を引きだすのに有効で、小さいグループでやった方がうまくいった。(略)


シーラがやってきて私たちと一緒に座った。私としては彼女にジョシュアとジェンシーの面倒をみているミリアムの手伝いをしてほしかった。(略)


だが、シーラはこの子たちといるのが嫌な様だった。彼女自身のペースでだんだん慣れてくれればいいと感じたので、私は何もいわず、彼女がテーブルの端の椅子にすわるがままにさせておいた。」



「「さあ、シートベルトをはずして歩いてもいいのよ。でも、あっ!どうしたのかしら?」
無重力なのよ」シーラがすかさずいった。
「そのとおり。みんな重さがないのよ。だから身体がふわふわ浮くの。そんな感じかしら?気に入った?(略)今ロケットの中で何をしているの?」
私はしゃべるのをやめて子どもたちを見回した。みんなどっぷりと空想の世界に入り込んでいる。

「いいわ。さあ、その気になったら目を開けてもいいわ。じゃあ次にその宇宙船の様子を絵に描いて見せてちょうだい」


この種の活動をするとたいうていいつのそうなるのだが、子どもたちは空想の世界から興奮して目を覚まし、必死になって画材に手を伸ばした。」





「「どうしたらいいかしら?」と私はジェフにきいた。(略)
「あの子に話してみようか?」シーラがいった。「この間みたいに話してみてもいいけど、あの子出てくるかもしれないよ」


「ああ、それはいい考えだ」とジェフがいった。「きみがアレホの係をやってくれ、シーラ。あの子に話しかけて、もしうまく出て来たら、ずっとあの子の傍についてやっていてくれよ」


この言葉にシーラはびっくりしたようだった。「あたし、あの子をどうすればいいの?」
ジェフは大丈夫だよと言うふうに微笑んだ。「いいと思う事をやればいいんだよ。そのときになればわかるさ」

だがその時は来なかった。アレホはその日の午前中ずっとテーブルの下に潜り込んだままだった。」


「ふたたびシーラは黙り込んだ。わたしたちは五、六分黙っていた。
「トリイ?」
「なあに?」
「トリイがこういうのをやったの覚えてる」
「何をやったのを?」
「あたしたちのクラスでだよ。トリイがあたしたちをああいう想像上の旅に連れていってくれたの、覚えてる。海の底へ行ったよ」シーラの顔が突然ぱっと明るくなった。

「あたしたち、みんなで床に輪になってすわってた。膝をついて。あたしは膝をついて座ってた。トリイはあたしたちに雑誌に載ってる熱帯魚の写真を見せてくれて、それから目を閉じて、海底に潜っていきましょう、っていったの。


魚を見るために海の底にね。黄色い縞模様のや、鮮やかなブルーのや、色とりどりの魚が泳ぎまわっていたのを覚えてるよ」シーラは笑みを浮かべていた。
私も微笑み返して頷いた。


「急にこのことを思い出したんだ。とてもはっきりとね。まるでさっき起きたばっかりのことみたいに。あたしたちが床の上で輪になって座ってるのが目に見えるよ。トリイの後ろにある黒板が見えるんだよ」


「ええ、この種の練習はよくやったわね。たいていの子はこれが大好きだったわ」
シーラは顔じゅうに笑みを浮かべた。「今はっきり思い出した。ほんとに思い出したよ」」


〇嬉しくなるシーンです。



「アレホは出て来なかった。安全な金属製の脚のバリケードの向こう側で、彼は身体を丸め、シーラの勧誘に抵抗を続けた。実際この初日にはアレホはシーラに話もしなかったと思う。だが、シーラがじつに粘り強いということがよくわかった。


シーラは二度ほど立ち上がって私の方にやってきて、私がその朝子どもたちと一緒にやっていた作業の仲間入りをしたりしたが、それでも必ずまたもとの場所にもどっていってアレホが隠れているそばの床に座った。


私は彼女の集中力に強い感銘を受けた。このときはじめて、彼女は完全にこのコースの仲間に入ったのだと思う。」



「シーラはアレホを誘い出す課題に挑戦し続けた。何日間も、彼女は床の上に腹ばいになってアレホに話しかけた。ときにはスペイン語で、ときには英語で。彼女はこの種の一方通行の会話が驚くほどじょうずだった。


今までシーラのことを特別おしゃべりだと思ったこともなかったし、彼女がこんなふうな戦法で状況に向かっていくとは思いもしなかった。


だが、彼女はアレホに好きな食べ物やスポーツや活動を聞いたり、ここに来ていない時には何をしているのかとか、動物や学校の科目、その他いろいろなことで何が好きかなどと、次々と楽しそうに質問を続けていた。


ときどきはアレホも思わず答えてしまうということもあったが、多く喋るということはなかった。アレホはシーラがスペイン語を話す努力をしているのを評価しているらしく、その時に彼が何かもごもごと答えているのがよく聞こえて来た。こんなふうに二人は毎日三時間半、週に五日間を過ごしていた。


アレホと一緒に床に腹這いになるのを続けていくうちに、シーラは急速にアレホの環境に興味をもつようになってきた。彼の本当の家族のことは何も分かっておらず、名前も解らなけれが、家族のうちの誰かがまだ生きているのかどうかさえもわからなかった。シーラは何とかして探し出すことは出来ないのかと何度もきいた。(略)


どのようにしてアレホがごみ箱の中にいたところを発見されたのかという話が、よくシーラが口にする話題だった。アレホがどんなに寒く、ひもじい思いをしていただろうというようなことから、小さな子供が実際そんな環境で生き残れたのかどうかという論理的な話までシーラはあらゆることを考えてみた。


無意識のうちに、シーラはこのことを自分が捨てられたことと関連させているのではないか、と私は考えていた。」



「子供時代の彼女を知っている私としては、今のシーラの外見がわたしが予想していたものとはまったく違うということを認めざるをえなかった。

彼女は、わたしのクラスに来たばかりの垢にまみれていた時でさえ、とてもかわいい子どもだった。(略)


目鼻立ちがはっきりしていて、顎には生意気そうなくぼみがあり、口元が特に魅力的だった。」



「それなのに、ジェフはいつも彼女の神経を逆なでするようなことをした。彼は、シーラがオレンジ色の髪をしていることと、彼女が二日目に木に登って手柄を立てたことから彼女にオランウータンというあだ名をつけた。シーラはジェフがこのあだなを口にしただけで、必ず怒って怒鳴った。さらに、ジェフは調子に乗ってこんなこともいった。

「エアコンの温度を上げようか。そうしたらなにも服の上から寝間着を着て来なくてもいいだろ?」とか「おじいちゃん、下着がなくなってさびしいっていってないかい?」と。


シーラはこういう言葉に対して、ジェフのからかい半分の他の冗談にたいしてと同様に、気の立っている子猫のように怒りをあらわにした。」



「「それがトリイのやりたいことなんだ。あたしをコントロールしたいんでしょ!あたしをトリイの昔のかわいい子にもどそうとして。いっとくけどね、あたしはあの子じゃないの。あたしはあたしなの!これ以上あたしにどうしろこうしろなんていわないで」

彼女があっという間にかんかんに怒ってしまったので、私はびっくりして黙り込んでしまった。ジェフもミリアムも部屋にいたが、二人とも話をやめてこっちを見ていた。


「あたしはもうトリイの持ち物じゃないんだから。トリイがあたしを創り出したんじゃないんだからね!」」