読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

サピエンス全史   上 <アメリカ大陸における清浄>

「近代のアメリカ大陸では、同様の悪循環が人種のヒエラルキーを永続させてきた。16世紀から18世紀にかけて、ヨーロッパから来た征服者たちは、何百万ものアフリカ人奴隷を輸入して、アメリカ大陸の鉱山やプランテーションで働かせた。


彼らがヨーロッパや東アジアからではなくアフリカから奴隷を輸入することを選んだのには、当時の状況に起因する三つの要因があった。


第一にアフリカの方が近かったので、たとえばヴェトナムからよりもセネガルからの方が奴隷が安く輸入できた。


第二に、アフリカではすでに、奴隷貿易(主に中東向けの奴隷輸出)がよく発達していたのに対して、ヨーロッパでは奴隷は非常に珍しかった。(略)


そしてこれが一番重要なのだが、第三に、ヴァージニア、ハイチ、フラジルといった場所にあるアメリカのプランテーションでは、マラリアや黄熱病が蔓延していた。これらはもともとアフリカの病気であり、アフリカ人は幾世代も経るうちに、完全ではないがそれに対する遺伝的免疫を獲得していたが、ヨーロッパ人はまったく無防備で、続々と命を落した。」



「だが人々は、経済的に好都合だから特定の人種あるいは生まれの人々を奴隷にしているとは言いたくない。インドを征服したアーリア人同様、南北アメリカの白人ヨーロッパ人は、経済的に成功しているだけでなく、敬虔で、公正で、客観的だと見られたがった。


そこで、この身分差別を正当化するために、宗教的神話や科学的神話が無理やり動員された。神学者たちは、アフリカ人はノアの息子ハムの子孫で、彼の息子は奴隷になるというノアの呪いを負わされていると主張した。


生物学者たちは、黒人は白人に比べて知能が劣り、道徳感覚が発達していないと主張した。医師たちは、黒人は不潔な暮らしをし、病気を広める_言い換えれば、彼らは穢れの源である_と断言した。


こうした神話にはアメリカ大陸の文化と、西洋文化全般が共鳴した。そしてその神話は、奴隷制を生み出した状況が消えてなくなってからもずっと、影響力をふるい続けた。


19世紀初期に大英帝国奴隷制を非合法として、大西洋での奴隷貿易を停止し、その後の数十年間で奴隷制アメリカ大陸全土で徐々に非合化された。これは特筆に値するが、奴隷所有社会が自主的に奴隷制を廃止したのは、このときが歴史を通じて最初で唯一の例だ。


ただし、奴隷は解放されたとはいえ、奴隷制を正当化した人種差別的神話は存続した。人種による分離は、人種差別的な法律や社会習慣によって維持された。」



「もし、大切なのがお金だけであれば、人種間の明確な区分は、とくに人種間の結婚によって、ほどなく曖昧になっていたはずだ。


だが、そうはならなかった。1865年までには、白人と比べて黒人は知能が劣り、暴力的で、性的にふしだらで、怠惰であり、きれい好きではないというのが、白人ばかりでなく多くの黒人の常識になっていた。」



「この悪循環の罠にはまった黒人たちは、知能が低いと見なされたためにホワイトカラーの仕事に就けず、ホワイトカラーの仕事に就いている黒人の少なさが、彼らが劣っていることの証拠とされた。」


「このような悪循環は、何百年も何千年も続いて、偶然の歴史上の出来事に端を発する想像上のヒエラルキーを永続させ得る。不正な差別は時が流れるうちに、改善されるどころか悪化することが多い。


お金はお金のある人の所に行き、貧困は貧困を招く。教育が教育を呼び、無知は無知を誘う。いったん歴史の犠牲になった人々は、再び犠牲にされやすい。逆に、歴史に優遇された人々は、再び優遇されやすい。


たいていの社会政治的ヒエラルキーは、論理的基盤や生物学的基盤を欠いており、偶然の出来事を神話で支えて永続させたものに他ならない。歴史を学ぶ重要な理由の一つもそこにある。(略)


これらの現象を理解するには、想像力が生み出した虚構を、残忍で非常に現実味のある社会構造に変換した出来事や事情、力関係を学ぶしかないのだ。」