「農業革命以降、人間社会はしだいに大きく複雑になり、社会秩序を維持している想像上の構造体も精巧になって行った。神話と虚構のおかげで、人々はほとんど誕生の瞬間から、特定の方法で考え、特定の基準に従って行動し、特定のものを望み、特定の規則を守ることを習慣づけられた。
こうして彼らは人工的な本能を生み出し、そのおかげで厖大な数の見ず知らずの人同士が効果的に協力できるようになった。
この人工的な本能のネットワークのことを「文化」という。
20世紀前半には、学者たちは次のように教えた。どの文化もそれを永遠に特徴づける不変の本質を持っており、完全で、調和している。人間の集団にはそれぞれ独自の世界観と、社会的、法律的、政治的取り決めの制度があり、惑星が恒星の周りを回るように、集団を円滑に動かしている。この見方によれば、 文化は放っておかれれば変化しないという。(略)
だが今日では、文化を研究している学者の大半が、その逆が真実であると結論している。どの文化にも典型的な信念や規範、価値観があるが、それらは絶えず変化している。(略)矛盾とは無縁の物理学の法則とは違って、人間の手になる秩序はどれも、内部の矛盾に満ちあふれている。文化はたえず、そうした矛盾の折り合いをつけようとしており、この過程が変化に弾みをつける。」
「この矛盾が完全に解決されることはついになかった。だが、ヨーロッパの貴族や聖職者、庶民がそれに取り組むうちに、文化が変わった。」
「中世の文化が騎士道とキリスト教との折り合いをつけられなかったのとちょうど同じように、現代の世界は、自由と平等との折り合いをつけられずにいる。だが、これは欠陥ではない。このような矛盾はあらゆる人間文化につきものの、不可分の要素なのだ。
それどころか、それは文化の原動力であり、私たちの種の創造性と活力の根源でもある。」