読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

タイガーと呼ばれた子_愛に餓えたある少女の物語

「クリニックにもどって、私たちの会話について思いを巡らしているうちに、シーラは六歳のときの出来事について、私たちが何をしゃべったかをはっきりと覚えているということに思い当たった。(略)


記憶が蘇ってきたのだろうか?もしそうだったとしたら、その記憶をぼんやりとさせてしまった何が起こったのか?それとも、彼女は最初から全てを覚えているのに、私にはそうだと言わなかったということはあり得るだろうか?もしそうだとしたら、なぜそんなことを?


私は彼女が本当は何が言いたいのかも気になりだしていた。シーラと何度も会話を重ねるうちに、私たちが同時に二つのレベルで話していると私は感じていた。」


「アレホの母親は家庭医を開業している医者で、父親は保険会社に勤めていた。二人とも背が高く魅力的で、北欧風の顔立ちをしており、広告に出てくるエグゼクティヴのカップルという感じだった。二人は感じのいい挨拶をし、ジェフと私の二人に握手をしてからドクター・フリーマンとあいさつを交わし、席に着いた。


彼らを見ているうちに、私は、大変な間違いが起こってしまったという印象を強く受けた。この人たちはアレホにふさわしい両親ではなかった。
二番目に私が強く感じたのは、バンクス-スミス夫妻はアレホと心の絆が出来ていないということだった。」



「長いトンネルに滑り落ちていくような、力がすっと抜けていくような気がした。私たちは負けたのだ。おそらく始まる前から負けていたのだ。バンクス-スミス夫妻はすでにアレホを南米に送り返すことを決めており、この会議に来る前にすでにその手続きを進めていたのではないだろうか。いずれにせよ、この瞬間には、希望がないことが私にはわかっていた。アレホの運命は決まったのだ。」


「すわったまま前かがみになり、シーラは頭痛がするように両手で頭をかかえこんだ。「ああ、そんなことって。あの子はここに連れて来られて、いろんなものを与えられたんだよ。素晴らしいものをいっぱい」
シーラは涙声になっていた。思いがけず、私も涙がこみあげてきた。涙は警告もなく突然盛りあがり、前方の道路が滲んで見えた。アレホの、そして彼と同じようなすべての不運な犠牲者たちの身の上に起こっていることの非道さに私は突然圧倒された。「私も泣きたくなってくるわ」と私は言った。


シーラはびっくりしたように私の方を見た。
私は手をあげて涙を拭いた。「こういうことが起こると、自分の無力さをつくづく感じるわ。事態を変えたくてたまらないのに、どうずることもできないなんて」


シーラは額にしわを寄せて、驚いて私の方を見ている。私とは違って、彼女の目は乾いたままだ。(略)

「あたしも時には泣きたくなることはあるけど、たいていは絶対に泣かない」とシーラは答えた。「泣きたい気持ちがこみあげてきて、もうすぐ泣くなと思ったら、その気持ちは消えてしまうんだ」
私はうなずいた。


「ほんとうに、その気持ちを消してしまうことが出来るの。必ずしもそうするつもりじゃなくてもね。突然こう思うんだ。これ、一体何、って。これは本当のことじゃない。これは一体何なの?化学物質が脳の中を走り回っているだけじゃないか。分子が動き回っているだけじゃないか。どんな種類の?炭素?水素?


それが一体何だというの?何でもないじゃない。これはほんとうは何でもないんだってね」
「ほんとにそう思っているの?」
「うん」
「ほんとうに?」
シーラは肩をすくめた。「そう思いたいとか思いたくないとかじゃなく、ただそうなってしまうんだよ」」