読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

タイガーと呼ばれた子_愛に餓えたある少女の物語

「すごい汚れようだったので、私は一度も外に出られなかった。開いている窓越しに、鬼ごっこの監督をしているジェフの声が聞こえて来た。それをきいていると、自分が子供の頃のはるか昔の記憶が蘇ってきた。(略)


たっぷり三十分経ってから、子供たちが中に戻ってきて、私たちはまた普通の活動を再開した。みんなが落ち着いてから、私は教室を見渡した。「シーラとアレホはどこ?」
「ぼくも今ちょうど同じことを聞こうと思ってたんだよ」ジェフがこたえた。
私はきょとんとしてジェフを見た。「どういうこと?」


「いや、ぼくは休み時間の間あの子たちは君の手伝いをしてここにいたんだと思っていたから。君があの子たちを校務員の所に何か道具を取りにやらしたのかと思っていたんだよ」
「なんですって?あの子たちあなたと一緒に外にいたんじゃなかったの?」(略)


ぞくっと冷たいものが全身を駆け抜けて、私はその時血が凍るとはこういうことかと実感した。
「あの子を最後に見たのはいつだい?」ジェフが私に聞いた。
「ずっと前よ。アレホをトイレに連れていったの。私はずっとここにいたけど、てっきり外にいると……」」


「これまでずっとジェフは逆境にあってもユーモアを忘れない人だったが、今度ばかりはそうはいかなかった。まるで私がシーラの精神的な安定のことで彼に重大な秘密を黙っていたかのように、彼は本気で私のことを怒っていた。


私はそんなことはしていないし、今度のことには私自身もびっくりしていたので、私の方でも傷つき、腹を立てていた。だが、怒ったところで事態は一向に良くならなかった。」



「その間ジェフは校内にもどって、ドクター・ローゼンタールとアレホの両親に電話をかけるというありがたくない仕事をしにいった。(略)

「まったく、なんでこんな終わり方にならなきゃならないんだ?あんなにうまく行っていたのに。このサマー・プログラムは素晴らしい経験だったのに。なんで最後にこんなことにならなきゃならないんだ?」ジェフがぶつぶつ言った。」


「所長は教室を横切って、ジェフと私がテーブルについているところまでやって来ると、自分も身をかがめて小さな椅子に腰を下ろした。「きみはこの女の子がこういうことをやる危険があると知っていたのかね?」所長は私に聞いた。

ふつう私はプレッシャーをかけられても冷静でいられるのだが、この時はそうはいかなかった。(略)ドクター・ローゼンタールはただ率直に聞いただけなのだが、その質問もこの一時間半ジェフが言い続けていた質問に重なってひどくきついものに聞こえた。私は泣きだしてしまった。


これを見てジェフは動揺し、居心地わるそうに身体を動かすと私から顔をそむけた。だが、驚くほどのやさしさで、ドクター・ローゼンタールは立ち上がり、テーブルの私の側に近寄ってきた。そして私の肩に手をかけた。「だいじょうぶだよ。困ったことにはならないから」と所長は言ってくれた。


所長がそう思ってくれて私は嬉しかった。」



「「アレホが危険な目に遭っているとは思えません」とドクター・ローゼンタールは言った。「その子のことを知ってる職員の話からすると、その女の子は分別もあり、この辺の町の事情もよくわかっている子のようです。ですから、私たちがすべきことは、この事態に冷静に、理性的に対処することだと思うんですが。こんなことが起こってしまって実に残念ですが、きっと大丈夫ですよ」

ドクター・ローゼンタールがこんなに私を支える立場をとってくれたとは。私は感謝の念でいっぱいになり、博士にキスしてもいいと思ったほどだった。事件発生以来初めて、私はひょっとしたら事態はそれほど悪いものはないのかもしれないと思い始めた。」



「「とてもよくわかる話じゃないか?」ついにドクター・ローゼンタールが口を開いた。「ここに、自分自身母親に捨てられた女の子がいる。その子は、コロンビアで捨てられていたこの男の子と自分を同一視しているんだよ。男の子は助けられたが、また再び捨てられようとしている」
私は頷いた。


所長は私の方を見た。「このことは彼女にとっては大変なことなんだよ。ほんとうに。彼女は本当のところはいい子なんだよ」


「あの……最近の私とシーラとの経験を私が正しく理解しているとしたらですが……さらに深いところで同一視があるのかもしれません。つまり、シーラと私は……あの、捨てられたというところに、私も絡んでいるんです。彼女は私のことをアレホの両親と同じように見ているように思うんです。


つまり、私は彼女をわたしの教室に連れてきたことによって彼女を昔の生活から救い出し、もっと安定した環境や、もっと信頼のおける大人との関係を提供した。だけど、学年が終わると…」
長い沈黙が続いた。部屋中に流れている音楽がその静けさをさらに際立たせていた。



「そんなつもりじゃなかったんです。私がいい経験だと思っていたものを、彼女は捨てられたと受け取っていたという事実を受け容れるのは容易なことではありませんでした……彼女は自分が母親に捨てられたことははっきり覚えてさえいないのに、私が捨てたということは覚えているのです。そのあげくの果てがこれです」
「ああ」とドクター・ローゼンタールはいい、それ以上は何もいわなかった。」


「「シーラが里親の世話になっていたころのことを、少し話してもらえませんか?彼女はそのころのことをあまり私に話してくれないので。何か所くらいの里親の世話になったんですか?」
レンズタッド氏は頬をふくらませてから一気に息を吐きだした。「ずいぶんな数だよ。よくわからんが。十くらいかな」


「十も?」私はびっくりしていった。三か所か四か所だと思っていたのだ。「どういう理由でですか?あなたが、その……家にいなかった時に?」
「ああ」彼は頷いた。「おれがメアリーズヴィルにいたときだ。州立病院に入っていた時だ。二回入院したんだ。身体をすっかりきれいにするためにな。わかるだろうが」そういって彼はきまり悪そうな笑みを浮かべた。


「でも、十回もですか?この六、七年の間に?」
「あいつが一所にいつかないんだよ。最初の時は大丈夫だった。八歳ぐらいだったかな、最初の里親の所に行ったのは。すごくいい里親のようだったんだよ。


よくあいつを連れて俺の所にも会いに来てくれたよ。あれはおれがメアリーズヴィルにいたときのことだ。あの人たちはしばらくの間は毎月あいつを俺に合わせに連れてきてくれた。だが、それが突然来なくなった。あとで分かったんだが、そこのおやじはあの子を犯していたんだ。俺には善人面を見せておきながら、夜にはおれの子どもを犯していやがったんだよ」


私は彼の顔を探るように見た。
「あいつはそのことについては何も言わなかったが、そこから逃げ出してしまった。実際、あいつは一言も言わなかったんだが、その男は次に預かった子供をやっぱり同じように犯したんだ。それで、おれの子どもにもそうしていたんだと思ったわけさ」

ああ、こういうことはどうしても終わらないのだろうか。」