読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

タイガーと呼ばれた子_愛に餓えたある少女の物語

「その朝のシーラには珍しく無防備なところがあった。おそらくアレホと過ごした苦しい経験のせいで、まだ疲れていてお腹も空いていたせいなのだろうが。いずれにせよ、シーラは自分が困っていることを隠そうともしなかった。


シーラが身体を洗いに行ったとき、胸が締め付けられる思いがするようなことがあった。彼女は清潔な服を持っていなかったので、私の古いジョギング・スーツを着せることにし、その間に私は彼女の服を洗濯することにした。」



「髪をひっつめにしてポニーテールにまとめながら、シーラは鏡に映った自分の顔を見ていた。こういう髪型にすると幼い頃の面影が蘇って来る。初めて、あの私の知っている幼い女の子の顔が私を見返していた。


「なんでこんなふうにするのか自分でもわからないんだ。なんでこんな風に見せようとするのか。こんな髪だれもいいと思わないよ」
「貴方はファッションのセンスがいいと思うわ。わたし、なかなか気に入ってるのよ。人とはちがうけど、人と違うっていうのは悪いことじゃないわ。すごくいいわよ」


「あたし、すごくトリイにあたしのこと好きになってほしかったんだ」シーラは静かな声で言った。「みんなに好かれたいんだ。でも、そうできると思うところまでくると、自分のほうからやめちゃうんだよ。なんでだか自分でもわからない。



これを着ればいいと思うでしょ_たとえばドレスなんかのときに_そうすればみんなかわいいと思ってくれるって。でも、そこまで来ると、私の中の別の私がそれをやめさせるんだ。それでその服はやめて、他のを試してみることになるの。みんなが怒り出すとわかっているような服をね。あたしだってどうやったらいいかはわかってるんだよ。そうやりたいんだよ。でも、ぜったいにそうできないんだ」

〇シーラは、とてもよく自分のことを見ることが出来るようになってるなぁと
感心します。これはやはり、トリイとの5カ月の中で、繰り返し、気持ち(シーラの気持ち)を言葉にしてそれをどう扱ったらよいかについて、考える練習した賜物だろうなぁと思います。

あの五か月だけではなく、現在もそのトリイといることで、その経験が現在につながってるのが大きいんだろうなぁと思います。

シーラはもともと賢い子だったけれど、シーラのその賢さをきっちり導くことが出来たトリイはすごいと思いました。


そして、この「どうすればよいのか解っているけど、しない自分」というのは、私にも似たような経験があるような気がします。でも、だからこそ思うのですが、その自分とそれを見ているもうひとりの自分のことをこんな風に表現できるってことがすごいと思うのです。

私はそれが出来なかった…。出来ないまま、何か自分が真っ当じゃない感じがして、イラつき、落ち込み、でも腹立たしく…という説明しようのない状況の中にいたような気がします。

例えば、お葬式などで、「ご愁傷様」といいきちんと挨拶する。人としてしなければならない作法だと思いながらも、若い頃はどうしてもそれが出来なかった…。

なにか、芝居がかった台詞を真面目な顔をしていう…できない…
目上の人に正しい挨拶をして、退出する…できない…

という調子です。ただ、シーラと違って人を怒らせるようなことも出来ないので、
特に問題にはならないのですが、社会人としてはダメな人間で、劣等感がありました。


「私はやさしく微笑んだ。「それがティーンエイジャーというものよ。その年代はみんなそうよ」
「ううん、ほとんどの場合はそうなのかもしれないけど、あたしの場合は違う。だって今までずっとそうやってきてるんだもん。小さかった時だって、心の中では死ぬ程人に好かれたいと思っている時だって、みんながいいと思っていることが絶対に出来なかったんだもの」



「午後になって、アレホを連れ出した件に決着をつけることに立ち向かわなければならない時がきた。午前中ずっと電話が鳴り続き、ついにシーラをふくめた全員がクリニックで会うということになった。(略)


わたしと家にいても、シーラが心配しているのは一目瞭然だった。もし”まとわりつく”という表現が十四歳の子の動作にも使えるとしたら、彼女はまさしくそうだった。(略)



「あたしは自分が正しいと思ったことをやろうとしただけなんだよ」シーラは呟くようにいった。「だってあんまりひどいんだもの。正しいことをやりたかったんだよ」
「わかってるわ。ラヴィー」キーをイグニッションにさしてから、私は隣のシートの
彼女の方に身を屈めた。「いらっしゃい」私は彼女を引き寄せぎゅっと抱きしめた。


そうしたとたんに、何年もの年月が溶け去ってしまった。突然シーラはまた小さな女の子に戻り、どうしてもこの子を守らなければという思いが猛然とこみあげてきた。


抱きしめたことはシーラにも同じ効果をもたらしたようだ。車を出し私道から動き出した時、彼女が私を見た。「あたしが何を思い出したかわかる?あたしがあの先生の教室に入り込んで、めちゃくちゃにしたときのこと覚えてる?」
「ええ」
「そのあとのこと覚えてる?トリイはあたしを小さな部屋に連れて行ってくれた。あたし、トリイの膝の上に乗せてもらったことを覚えてるよ。あのとき、すごく怖かったんだ。何があったんだっけ?校長先生があたしを板で叩いたんだっけ?


ちゃんとは覚えていないんだけど、でもそのあとにトリイがあたしをあそこに連れて行ってくれて、膝の上に乗せて抱いてくれたことは覚えてるんだ」
私は頷いた。
「ものすごく恐ろしかった。身体の中が空っぽになったみたいな気持ちで。まるで誰かにあたしの内臓を全部抜かれてしまったみたいな気分だった。


でも、そのときトリイがあたしを抱きしめてくれたんだ。あそこは暗かった。そのことはよく覚えてる。トリイにもたれて、トリイの腕があたしを抱いていてくれているのを感じていると、トリイがゆっくりゆっくりまたあたしの中身を満たしてくれているような気がしたことを覚えてる」


彼女の方を見ながら、私は微笑んだ。「ええ、私もあの事はよく覚えているわ」(略)


「あのことはよく覚えているのね」あることに気づき始めて、私は突然言った。
「つまり、あなたほとんど覚えてないといっていたから」
「うん」シーラも同意した。「思い出したんだ。ずっと連続しての記憶じゃないけど、断片的にね。何故だかはわからないけど、ただ頭に浮かんで来たんだよ」」


〇以前、「(キリスト教の)聖霊とは、「味方になってくれるもの」という働きをする」という話を聞いた時、すべての人に神がいて、全ての人に聖霊の働きが及ぶとしたら、それを信じて生きるキリスト教徒の人々は、どんなに心強い味方を持っていることか…と思ったことがあります。


このシーラは「悪いこと」をしました。それは間違いない。だからこのシーラに味方する人は悪い人、という括りで、ただただ目には目を、と石で打つとしたら、シーラの人生はその時点で、もう終わってしまう。

その後も悪人として生きるしかない。

でも、シーラの味方になってくれるトリイのような人がいたから、シーラとシーラの 
中の悪とを引き離して、シーラを救うことが出来た。

そのことに感動します。


「「みんなに迷惑かけたことはわかってます」シーラは口ごもりながらいった。頭はまだ垂れたままだ。「すみません。こんなことするつもりじゃ……」
「なんでこうなったんだね?」ドクター・ローゼンタールがきいた。
「それは……」シーラは顔を上げ、会議用テーブル越しにまっすぐにバンクス-スミス夫妻を見た。


「それは、あの人たちがアレホを送り返すと思ったからです」
「それで彼を連れて行く方がいいと思ったのかね?」
シーラは頷いた。
「今でもそう思っているのかな?」とドクター・ローゼンタール。



長い間シーラは黙っていた。膝に両手を載せ、その手を組み合わせてこぶしが白くなって行くのを見ていた。それからついにドクター・ローゼンタールの方を見返した。「ええ、今でもそう思っています」
「あの子をどうするつもりだったんだね?」ドクター・ローゼンタールはシーラに尋ねた。


シーラは肩をすくめた。「はっきりとはわかりません。でも、あの子を傷つけるつもりはありませんでした。そういうことをきかれているのなら」
「いや、わたしも君があの子を傷つけるなんて思っていなかったよ」ドクター・ローゼンタールは答えた。


深く息を吸い込んでから、シーラは目を上げた。「もうどっちみち困ったことになってしまったんだから、ここで私の思っていることを言います」彼女はバンクス-スミス夫妻の方に向き直った。「アレホを送り返さないでください。あの子があんな状態なのはあの子にはどうする事も出来ないことなんです。

あの子はまだ小さいんです。頭が悪いと受け入れてもらえないということを、たまたまあの子に障害があるために、自分は他の子たちのようにはなれないんだということを、あの子は知らないんです」


今度はバンクス-スミス夫妻が頭を垂れる番だった。ドクター・バンクス・スミスが涙ぐんでいるのが見えた。
「こんな大騒ぎを起こすつもりはなかったんです。こんなことにはならないと思ったんです。だって、どっちにしてもあなたたちはあの子をもういらないんだから、って」シーラが言った。


「それはちがうわ」とドクター・バンクス-スミスが涙声でいった。「私たちは本当にあの子を愛しているの。あの子をどこにもやらないわ」
バンクス-スミス氏もうなずいた。「君に私たちがあの子を愛していないと思わせてしまって、すまなかったよ、シーラ。もし今回のことで何かいいことがあったとしたら、それは私たちがどれほどあの子を愛しているかをわからせてくれたということだよ」



結局バンクス-スミス夫妻はシーラに対してどんな訴えも起こさないことに決めた。夫妻は話し合いの間じゅうほんとうにシーラに寛大に対応してくれた。(略)


何はともあれ、今回のことは苦しみと恐れが実りをもたらした稀な例の一つだった。私たちはみんなこの経験を通してよりよい人間になったようだ。」