読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

タイガーと呼ばれた子_愛に餓えたある少女の物語

「親愛なるお母さん、
あの頃、私は本当に困った子でした。だからお母さんもあんなことをせざるを得なかったのでしょう。私にもわかる気がします。だって、お母さんとしては、ああするしか他に方法がなかったんでしょうから。


でも、わたし、今はずっといい子になりました。以下に私のいい点を並べてみました。

1 料理ができる
2 家事が上手にできる
3 ここを出たら仕事について、お金を稼ぐ。
4 学校の成績はほとんどAで、優等生名簿にも載っている(前の学校では優等生名
  簿に載っていました。ここには優等生名簿っていうのがないんだけど、別の学校
  に移ったらきっと載ると思います。)
5 今なら、いろんなことが分かるくらい大きくなったから、お母さんがしてほしい
  ように出来る。



十月になった。彼女をたずねて行くのは私一人だということが分かっていたので、私はほとんど毎週シーラに会いに行った。秋の前半を通じて、シーラの進歩はめざましかった。土曜の午後を農場の外で過ごしたい一心で、今ではシーラは熱心に点数を稼いでいた。」



「十月になって、刑務所のリハビリテーション・プログラムを通して父親のブロードヴェーでの就職先が決まったので、あとは住む場所を見つけるだけだ、とジェインは言った。


シーラはこれらの知らせを比較的冷静に受け取っていた。彼女は以前にも少なくとも三回こういうことを経験しているので、”実際にこの目で見てから信じる”という一種懐疑的な見方をとっていた。」





「「なんだと思う?これ、何だと思う?」私が考える間もなく、シーラはその手紙を私の手に押し付けた。「お母さんから手紙がきたんだ!」(略)



最初の数行を読んだだけで、私の心は重く沈んだ。この書き手の文章には、異様な、切羽詰まった雰囲気が漂っていた。彼女は娘をあきらめて養子に出したと言っており、その後は数ページにわたって情緒的な問題や結婚生活で虐待を受けたことなど非常に複雑な話が延々綴られていた。


「シーラ、こういうこと言いたくないけど…でも、これ、あなたのお母さんからじゃないかもしれないわよ」
「お母さんだよ。娘は四歳だったって言ってるじゃない。あたし、四歳だったもの」シーラは言い返した。「あたしが言いたいのは、あんな目にあわされた四歳の女の子が何人もいるかってこと」」



「私は顔を上げて、シーラをまじまじと見た。彼女のこういう目は何度も見たことがあった。まるで六歳の時にもどったように、痛々しいほど傷つきやすい表情を浮かべていた。すがりつくような思いで、これが本当であれば、と彼女はねがっているのだ。私は片手を伸ばして彼女の肩に触れたが、彼女は肩を引いて避けた。



「娘の名前はシーラだって言ってるじゃない。ちゃんと知ってるじゃない」彼女はなおも言った。
「シーラ……」(略)



シーラの目に涙が盛り上がってきた。「トリイはわざと意地悪な事言ってるんだ。トリイはあたしにお母さんを探し出させたくないんだ」
ふたたび私は両腕を彼女の方に差し出した。「シーラ、どうしたのよ」
平静を保とうと必死になりながら、彼女は私から顔をそむけた。」




「その週、例の”親愛なるお母さん”で始まる手紙は、送られてこなかった。そして、次の週末に私が訪問した時には、シーラはもうあの手紙のことは口にしなかった。シーラがいつもの親しさを見せない所からも、私が彼女に同意しないことで酷く彼女を傷つけてしまったことがわかった。


シーラはずっとよそよそしい態度を続けた。」



「翌週の水曜日、オフィスでパートナーのジュールズとコーヒー片手におしゃべりしていると、電話が鳴った。(略)


ジェイン・ティモンズからだった。「問題が起きたの。シーラがいなくなったのよ」と彼女はいった。
「どこで?いつのことなの?」



「彼女、今朝監督つきで町へ服を買いに出かけたのよ。アニーがマグレガー・デパートに連れて行ったの。つまり、正直言って、私たち、もう彼女にはそんなに逃げ出したりする危険はないと考えていたのよ、トリイ。いずれにしても、ここを出るまであと三週間もないんだから。シーラがトイレに行って、アニーは外でずっと待っていたんだけど、シーラは出て来なかったっていうわけ」」




「日々が過ぎて一週間になり、一週間が二週間になった。レンズタッド氏は刑務所から釈放されて、ブロードヴェーへもどったが、シーラは依然行方不明のままだった。(略)



そして、これは今度が初めてではなかったが、シーラの世界がどれほど私の住む世界とは違うかということに直面させられたのだった。」


「「今すぐに?今、セラピー中なのよ」と私は言った。
「ええ、トリイ。今すぐ来た方がいいと思うわ」(略)


おいで人間(ひと)の子、手をつなぎ
妖精(フェアリ)とともに水の上
また逃げてこい、遠い荒野へ
おもいの外に、この世には、悲しみごとが多いから
      (W/B/イェイツ著「さらわれた子」尾島正太郎訳より)


この世の中に自分の居場所がないひともいるのです、トリイ。星の王子さまはこのことを発見しました。クレオパトラも。そして、私もそうみたいです。
ここには私のためのものは何もありません。私はどこか他の世界から来たみたい。
ここは私の場所ではありません。この世には思いのほかに悲しみごとがいっぱいです。

いろいろやってくれてありがとう。私にファックスで返事をしようとしないで。どこかのお店から送っているだけだから。それに返事はほしくありません。
                    愛をこめて、シーラより


「ああ、なんてことなの」読み終えて、私は言った。
「ええ」とロザリーが答えた。「それを見て、すぐにあなたに見てもらった方がいいと思ったの」
「彼女をつかまえなくては」ファックス用紙に目を走らせて、用紙の一番上に小さな文字で送信者の番号が印字されているのに気がついた。(略)


「もしもし、つい先ほどそちらから送信されたファックスを受け取った者ですが。若い女の子が送ったはずなんです。十六歳の。その子、まだそこにいますか?非常に大切な件なので、彼女と話さなければならないんですが」


電話に出た相手の人は、電話を保留にした。百年とも思えるほどの長い間、私は待った。それからかちっという音がして、人間の声が聞こえて来た。
「もしもし?」シーラの声だった。」