読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

タイガーと呼ばれた子_愛に餓えたある少女の物語

「「シーラ、電話を切っちゃだめよ」
「切らないけど」向こうからすごく小さな声が聞こえて来た。
「あまりうまく行かなかったのね?」
「うん」
「何があったの?私に話してくれる?」
「ここでは話せないよ。みんなにきこえるもの」(略)



「シーラ、わたし、あなたを迎えに行くわ」
「え?」
「何もしたらだめよ、わかった?大丈夫?私があなたを迎えに行くから。あなたを家まで連れて帰るわ。今どこだか言える?どこに泊っているの?」


また涙声になってシーラはいった。「どこにも泊ってないよ。たった一人でいるの」(略)



シーラは泣いていた。怒りからか、安心したからか、私にはわからなかったが、泣きながらシーラは私がファックスで返事をするまでそのコピー屋にじっとしていると約束した。


それからが大変だった。シーラは北カリフォルニアの比較的小さな町にいたので、民間の空港はなかった。私の住む街から一日に一便飛行機が飛んでいる最寄りの場所であるサンフランシスコまでの飛行時間は二時間。最短で見積もっても出発してから四時間はかかる。


そこにさらに災難がふりかかってきた。もうすぐ感謝祭の週末だった。それで私が飛行機の予約をしようと空港に電話をかけたところ、エコノミーの座席は、すぐ次の便だけではなく、その次の便もすべて売り切れだということが分かった。」




「ヒューは考え込むように話に耳を傾けていた。「ファースト・クラスの席を予約しろよ。それなら空いているだろ」彼は答えた。
私はふんと鼻を鳴らした。「エコノミーでさえやっとなのに、ファースト・クラスなんて買えるわけないでしょ、ヒュー。そんな風にして彼女を迎えに行くなんて出来ないのよ。仮に席があったとしても、無理だわ。帰りの便は余計にひどい状況なのよ。ちょうど感謝祭にぶつかるの。もう席なんかないわ」


「飛行機代は僕が払うから。きみにチケットをプレゼントするよ。それからレンタカーを借りればいい。いずれにしてもレンタカーは借りなきゃならないだろ。彼女を迎えに行くのに。だったらそこからここまで車で帰ってくればいいじゃないか。心配するなって。僕がなんとかするから。いいかい?」(略)


「彼女はいい子なんだろ」ヒューは私の沈黙にこたえるようにいった。「つまるところ、人生でちょっとお金を使うことがなんだっていうんだい?」」


〇 ファーストクラスを買えないのは、お金がかかり過ぎるから、というのを聞いて思い浮かんだことがあります。うちに連れて来た野良猫が病気になった時のことです。ちょうど、休日で近所の動物病院は休診でした。それでも、病院へ連れて行くとなると、家から相当離れた当番医に行かなければならず、タクシー代往復と病院代、合わせて3~4万円以上掛かるのが確実でした。

自分の子どもの為なら、その3万円は迷わず出します。でも、野良猫の為には出せない、私はそう判断しました。すでに家にあった猫風邪用の薬を飲ませ、万が一、それでその野良猫が死ぬことがあっても、しょうがない、と決断したのです。
(結果的にその薬で猫は元気になり、良かったのですが)

どんなに可愛い、大切だ、と言っても結局はそれが、野良猫に対する私の気持ちなのだ、とその時自覚しました。

そのことを思い出しました。

「シーラのためにこんなことをするべきではない、などということはちらりとも思わなかった。いつも多少衝動的で、ヒューがいうところの”お見事な行動”に走りがちなところはあったが、そうしていなかったら落ち着いていられなかったはずだ。私はいつも与えられた状況の中で自分がどうすべきかを本能的に感じ取ってきた。


そのせいで考えるよりも先に行動してしまいがちなところはあったが、後で後悔するようなことは滅多になかった。今この瞬間、シーラを迎えに行くことは正しいと感じた。実際それ以外ないと感じていたので、その他の方法など全く考えもしなかった。」



「「それで、今までどこで暮らしていたの?」私はきいた。
シーラは肩をすくめた。「暮らせるとこならどこでも」
「お金はどれくらい持っているの?」
「今?八十五セント。バスの切符を買ったあと、最初は23ドル50セントあったんだ。」(略)




この一部始終を聞くのは実におもしろかった。それほど入念に計算された計画だった。それなのに私はこんなことを全く思ってもいなかったのだ。だが、なぜ彼女がこんなことをやったのか、そしてその結果どうだったのかについては、私たちは話さなかった。


話をしている間、少し引いた場所から客観的に観察しながら、私は自殺衝動をともなう鬱症状の徴候は見られないかとさぐった。その徴候はまだあるように思われた。」


「「あの農場へは戻りたくない。もしトリイがあたしをあそこへ連れ戻そうとして、はるばるやって来たのなら、無駄だったね。あそこには帰らないから。あそこは死んだような所だよ。あそこへは絶対もどらない」


「あそこへは連れて行かないわ。今後のことは相談しましょう。お父さんはブロードヴェーに住むところを見つけたわ。お父さんが落ちついたら……」
シーラはまだ座っていた。
「さあ、シーラ、行きましょう」
彼女は大きな長い溜息をつき、肩をがっくりと落した。それからうんざりした様子で席から立ち上がり、私について来た。


マクドナルドから車を出すと、私は大通りを飛ばし、幹線道路に乗った。」



「車という狭いスペースにいると、マクドナルドのプラスチックに囲まれた陽気な雰囲気の中にいた時よりもずっとはっきりとシーラの痛みが伝わってきた。その痛みはほとんど肉体的な痛みと言ってもいいようなものだった。(略)



シーラは頬杖をついていた手をおろし、胸の前で腕を組んだ。顔にかかっていた髪をかき上げると、顔をこちらに向けて私を見た。「なんでこんなことしたの?はるばるこんな所まで私を迎えに来るなんて」
「あなたが大好きだからよ。ただ、それだけのこと」
シーラは私から顔をそらせ、窓から深い闇をみつめじっと動かなかった。ついに彼女がこちらを見た時、彼女の頬には涙が流れていた。」



〇多分、セラピー中には、どんな電話も取り継がない、という申し合わせがあるのでしょう。でも、ロザリーは、「シーラという子」という本を読んでいて、シーラが今、どんな状態にあるのか、推測できた。

そして、ヒューにもまた、今のシーラにとって、トリイが「すぐに迎えに来てくれるということ」がどれほど重要かが分かり過ぎるほど分かっていた。

トリイ自身の気持ちや行動がシーラを支えて来たというのは事実だと思うけれど、
そのトリイを支えている社会の価値観のようなものをとても強く感じます。

あのサピエンス全史の中で語られていた「文化」の力を感じます。

「こうして彼らは人工的な本能を生み出し、そのおかげで厖大な数の見ず知らずの人同士が効果的に協力できるようになった。
この人工的な本能のネットワークのことを「文化」という。」

そして、あの「日本はなぜ敗れるのか」で指摘されていた、この言葉を思い出しました。

「従って問題は常に、個人としてはそれが出来るという伝統がなぜ、全体の指導原理とはなり得ないのかという問題であろう。」