読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

タイガーと呼ばれた子_愛に餓えたある少女の物語

「「あたしがいやなの」シーラは言い返した。「泣きたくないんだよ。一度泣き始めたら、やめられなくなるんだもの」
「ずっとそれを恐れていたのね?」
シーラは頷いた。涙がますます溢れてきたが、彼女はまだそれを止めようとしていた。「ものすっごく腹が立っているんだ!降参なんかしたくない。泣きたくなんかない。泣いたら自分が弱くなるだけだもの」
「いいえ、弱くなるわけではないわ」


「こんなのずるいよ!おかしいよ。なんでトリイがここにいるの。こういうことを言ってくれるのは、あたしのお母さんのはずじゃない。先生なんかじゃなくてさあ」顔を上げてシーラは私の方を見た。



「こんなこと言って、ごめん、トリイ。でもトリイはずっと先生だったもの。あたしを愛してくれなきゃいけない人はどこにいるのよ?」
私はシーラの様子に注意を払った。



「いったいぜんたいあの人たちはどこにいるのよ?お母さんはどこ?そういうことをちゃんとやってくれるお父さんはどこにいるの?あたしのためにそういうことをしてくれる人はどうしていつもトリイのような人なの?なんであたしの親は一度もあたしの面倒を見てくれないの?あたしってそんなに悪い子なの?」涙が堰を切ったようにあふれてきた。激しく音を立ててしゃくりあげ、シーラはシートベルトの肩ストラップにもたれて泣いた。


私は何も言わなかった。言葉に出すことがいいと思えるような時もあるが、実際には言葉などほとんど何の役にも立たないのだ。
前にもこんなことがあったことを思い出した。何年も前に引き戻されて、私は夜の闇の車の中ではなく、私の腕の中で泣いているシーラと一緒に、昼間の学校の小さな書庫の薄暗がりの中にいた。」




「続いて沈黙が訪れた。長い、深い、沈黙。触れればそうとわかるかと思うほどの様々な思いが込められているような沈黙だった。


「あの男の子のこと、覚えてるよ」シーラがいった。ごく、ごく小さな声で、まだ涙の余韻がかすかに残っていた。「あたしが森に連れて行った、あの男の子」
ワイパーごしに雪をじっと見つめながら、私は身じろぎもしなかった。彼女が私のクラスに送られてくる原因になったあの誘拐のことを、シーラは今まで一度も話したことはなかった。その事件のせいで、もう少しで子供時代をずっと精神病院で過ごすようにと宣告されるところだった。



ここ何年もの間に、シーラはほとんど全ての事を話してくれたが、あの事件のことだけは、ほのめかすことさえなかった。
「あたし、あの子が庭にいるのをよく見てたんだ。ブランコを持ってて、あの子のお母さんがブランコに乗せて押してあげてた。(略)



ジミーみたいだ、と思ったことを覚えてるもの。あの子はちょうどジミーみたいだった。それで憎らしくなったんだ。トリイ、その時あたしの頭にあることが浮かんだ…今でも昨日のことのようにはっきり覚えてるよ。あの小さな男の子を見てどんな気持ちになったか、はっきりと覚えてる。


たまらなく憎らしくなってきて、こう思ったんだ……それを口に出して言ったら、トリイ、あたしのこと嫌いになると思う。でも、……あたしはこう思ったんだ。この子を殺したいって」(略)



「あたし、人殺しなんだよ」
「あの子は死ななかったわ、シーラ」
「でも死んでいたかもしれないんだよ。あの子が死ななかったのは、ただ運が良かっただけだからなんだよ」シーラは大きく息を吸った。「あたし、どうしてもこのことを忘れることが出来ないの。今まで誰にも言ったことはないけど。思い切って誰かに話したことはなかったけど、いつも頭にはこのことがあった。


たまたま何かいいことがあっても、いつも頭の中にどっかりと座っているこのことに、いいことは食いつぶされてしまうんだ。あたし、こう思うの。あたしは本当に悪い人間なんだ。だからあたしの身の上に次々いろんなことが起こるのは不思議でも何でもない。あたしはそういう報いを受けて当然なんだ。あたしは自分の母親でさえ我慢できなかったほどの悪い子なんだからって」」


〇心の扉の外側には取っ手がない、内側にしかない。内側から開けてくれるのをただ待つしかない。という話を思い出しました。トリイはここでやっと、扉を開けてもらったんだと。


そして、「殺したい」という気持ちは私も持ったことがあります。やはり、シーラのような小学校にあがる前だったと思います。何かで兄弟げんかをし、その兄弟を殺したいと思いました。とにかく憎らしくて、許せなくて。


あまりにも激しい憎しみが心の中から湧き上がったので、自分でもびっくりして、忘れられない記憶になりました。

でも、そんな激しい憎しみを感じたのは、その時だけで、その後は、兄弟仲は良い方でしたし、私が他の誰かを強く憎んだという記憶はその時だけでした。



「「あなたのお母さんはあの事とは何の関係もないわ。だってお母さんはあなたがあの男の子を連れ出したのよりずっと前に家を出て行ったじゃない。事実、私があえて説明するとしたら、全く逆だわ。あなたがあんなことをしたから、お母さんが出て行ったのではない。お母さんがあなたを置いて出て行ったから、あなたはあんなことをやってしまったのよ」



「じゃあなんでお母さんはあたしを置いていったの?」
「一番考えられるのは、お母さん自身にいろいろ問題があったからでしょうね。お母さんも、当時すごく若かったのだから。お母さんはたった十四歳であなたを生んだのよ。そのこと、知ってた?十四歳よ」
返事はなかった。



「だから、お母さんが出て行ったあの夜も、まだ十八歳だったのよ。今のあなたより一年半年上なだけよ。それなのに彼女には心配しなければならない子どもが二人もいて、夫は刑務所だったのよ」
シーラは下唇を噛んだ。



「お母さんも初めからあなたを見捨てるつもりじゃあなかったんだと思うわ。あなたがあの男の子を傷つけるつもりじゃなかったようにね。ただ感情に押し流されてしまっただけなんじゃないかしら。限界ぎりぎりの所まで追い詰められていて、あと何か一つ起これば切れてしまうというところまで来ていたのよ。後ろの座席で小さな女の子が騒ぐというようなことでさえね。


それで、もうこれ以上戦えないという時に私たちがたいていするように、お母さんは逃げ出してしまったのよ」



シーラは小さく嘲笑うような声をたてた。「ふん、じゃあ確かにあたしはお母さんの血を引いてるんだ。いつでも問題から逃げ出しているもの」
「まあ、それは違うわ」と私は言った。「あなたはお母さんとは違うわ。ずっと強いもの。ずっと立派よ」


「なんでそんなことが言えるのよ?」
「たしかにあなたも物事が難しくなると逃げ出すかもしれない。でも違うところは、あなたは戻って来るじゃない」
シーラは考え込んでいたが、それからゆっくりと頷いた。「うん、そうだね」」