読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

「教養について」の感想

〇 「教養」という言葉の意味が、私の持っていたイメージと違うことがある。
ということは、案外、人それぞれ、教養という言葉は、違った意味で使っているのかも知れない、などと思いながら、読みました。

そして、思い出すのは、以前読んだ、山本七平著「日本はなぜ敗れるのか」の中に出て来た「教養」です。

引用します。

「一億一心」と内地では酒もなく、先祖伝来の老舗を棒に振って工場に徴用されている時マニラだけが、こんなデタラメな生活をしていてよいのか?それより日本人の品性が情けなくなった。

日本人は教育はあるが、教養がないと或る米人が批評したというが本当だ。(略)」

〇これは、この本の中で山本氏が紹介している「虜人日記」の小松真一氏の言葉です。

そして、もう少し先では、このようにも言っています。

『米兵と日本兵   米兵と日本兵の教育程度を比較してみると、日本兵の方がはるかに上だ。日本兵には自分の名の書けん者はいないが、米兵にはたくさんいて、字が書けてもたどたどしいのが多い。(略)


又、米兵に数学の問題、マッチの軸の考え物などさせると、なかなか解らずおもしろい。教育の程度は一般に低いが公衆道徳や教養は高いようだ。』


〇 そして、ここからが、山本氏の言葉です。


文字が読めない教養人がいて少しも不思議ではない。だがしかし、そのことは、高度の学歴を持つ無教養人がいてこれまた少しも不思議ではない、ということではないはずである。

しかし日本でこのことが意識され出したのは、ここ二、三年の事ではないかと思う。われわれが、今までのべてきたような状態から脱しうるのは、おそらく、これからの課題であろう。



〇 文字が読めない教養人、ということになると、私の言う、何でも知ってる人という理解は、違っていることになります。

「虜人日記」が世に出たのは、1975年。
「日本はなぜ敗れるのか」が書かれたのも、1975年。

この「私の幸福論」は、1955年から56年にかけて書かれています。

この頃は、教養という言葉には、博学とか博識とは違う何かがふくまれていた。
でも、今の私は、文字を知らない教養人というのは、ありえないと思っている。

何かが変わってしまったのか。
これは、ただ単に私一人が、理解不足だということなのか。

と、こんなことにクドクドと拘りたくなってしまうのは、
何故、私たちの国の官僚や政治家や財界人たちは、社会の弱者を助けようと
しないのか。
何故、公衆道徳などという、小学生レベルのモラルすら守ろうとしないのか。

という、疑問がいつまでも心に引っかかるからです。

官僚も政治家も財界人もマスコミ人も、みんな高度な教育を受けているエリートです。そのエリートがそろって、噓をつき、弱者を守ることよりは軍備に税金を使うべきだと考えるのは、なぜなのか。

この虜人日記の中で小松氏は、こうも言っています。

国家主義から国際主義へ    今度の戦争を体験して、人間の本性というものを見極めたような気がした。色々考えて進めてゆく内に国家主義ではどうしても日本人が救われないという結論を得た。

そして我々は国際主義的高度な文化・道徳を持った人間になってゆかねばならんと思った。これが大東亜戦争によって得た唯一の収穫だと思っている。
(昭和二十一年十一月二十五日、カランバンにて)』


〇 話は少しずれてしまいますが、この福田氏の文章を読んでいても、感じるのは、私たち日本人の「考え方の癖」です。
他者を責めたり、他者と闘ったりということを誡めます。
まず、自分の内なる問題を見つめ、内なる問題と闘うべし、とします。

そして、その考え方がとても好きだ、と思う私自身の気持ちを振り返ります。
あの「東洋的な見方」でも、そのような考え方が推奨されていました。

でも…と思うのです。

いわゆる良識ある心ある人々は、皆そうして、自らの問題を問い、人を責めない。
その時、非常識な心ない人は、責められない、追及されないことを良いことに、
どんどん恥知らずなこともやって行く。

それが、結果として許されてしまう。

ここに大きな問題はないでしょうか。

小松氏は、

『我々は国際主義的高度な文化・道徳を持った人間になってゆかねばならんと思った。これが大東亜戦争によって得た唯一の収穫だと思っている。
(昭和二十一年十一月二十五日、カランバンにて)』

と言っています。

これは、あの戦争で人肉を食べる所まで追い込まれた人々、自ら銃口を口に当て、足で引き金を引いて死んで行った人々、文字通り、骨と皮だけになって、
餓死した人々、銃剣で子供まで刺し殺すことを命じられ、精神に異常をきたした人々、何の意味もなく、ただ撃沈されるのが分かっているのに、船に乗せられ、出航するしかない、殺人システムによって、海の藻屑になった人々、

その人たちの声でもあると思うのです。


それなのに、今、私たちは、再び同じ所に戻ろうとしているのです。
あの戦争を始めた頃と同じ体質の国になろうとしているのです。

それが、やりきれません。
何故なんですか?