読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

アントニーとクレオパトラ

クレオパトラ  私を助けておくれ! ああ、あの方は褒美の楯を貰いそこなって狂ったテラモンも及ばぬ、怨みのダイアナが送ってよこしたテッサリアの猪にしても、あれほど猛り狂いはしなかったろう。


カーミアン  どうぞ御廟へ!錠を下ろしてお籠りになり、女王はお亡くなりあそばしたと、使者をお遣わしになっては。魂が身体を離れる時の苦しみも、覇者がその権力を失う時のそれに較べれば、まだしもと申します。



クレオパトラ 行こう、御廟へ!マーディアン、行って、あのお方に、私はみずから死んだと伝えておくれ、「アントニー」と、それが最後の言葉だったと、それも悲しげに言うのだよ。早く、マーディアン、帰ってきたら、すぐ知らせておくれ、私が死んだと聞いて、あの方がどのような顔をお見せになったか。さ、行こう、御廟へ!(一同退場)」


アントニー!  エロス、お前にはまだおれがおれに見えるか?


エロス  はい。

アントニー  雲を見ていて、時にはそれが竜の形に見えることがある、その同じ塊りが時にはまた熊にも獅子にも見えてくる、聳え立つ砦、落ちかかる巌、我々たる尾根のうねり、樹々に蔽われた岬の青と、その時々に形を変えて下界を見下ろし、大気を隔てて人の目を欺く。お前もそれを見たことがあろう、皆、暮れ染めるたそがれ時の絵巻物なのだ。


エロス  はい。

アントニー  今、馬かと見えたものが、見る見るうちに風に吹き消され、水に混じった水のように、それと見分けがつかなくなってしまう。

エロス  はい、本当に。

アントニー  なあ、エロス、今のお前の主人が正しくそれだ。このとおり、おれはアントニーだ、だが、この姿をいつまでも保っていることが出来ないのだ。おれが戦をしたのはエジプト女王のためだった、それを女王は_あれの心はおれのものとばかり、そうではないか、あれにはおれの心を預けてあったのだから、


そのおれの心がおれのものであった間は、万人の心を掴んでいたおれが、今はそれもすっかり失って_あの女は、エロス、シーザーとぐるになって札をごまかし、おれの栄誉を巧みに搦めとり、それを根こそぎ敵に巻き上げさせたのだ。泣くな、エロス、そういう男にもまだ残っているものがある、己に形を附けるための己れがな。


マーディアンが登場


アントニー  おお、卑劣な女だ、貴様の主人は! おれの剣を盗み取ったのだ。

マーディアン  いいえ、アントニー様、主人は心からあなた様をお慕い申し上げ、最後まで御運を共にしておいででございました。


アントニー  行ってしまえ、無礼だぞ、宦官め、黙れ! あの女はおれを裏切った、死なねばならぬのだ。



マーディアン  市は一人に一度しか訪れませぬ、その務めを既に女王はお果たしになりました。万事、お望みどおりに運ばれたわけでございます。最後にお洩らしになったお言葉は「アントニー様!アントニー様!」とばかり、やがてそれが引き裂くな呻き声に中断され、お名前の後先が胸と口とに分かたれたまま、ついに女王はお果てになりました、つまり、お名前は女王のお身内に埋められたわけでございます。


アントニー 死んだと言うのか?(略)


アントニー  (略)直ぐ追いつくぞ、クレオパトラ、泣いて許しを乞おう。それしか無い、この上は生き永らえても苦しみあるのみだ。松明の火は消えてしまった、大人しく横になるがよい、当てどなくさまようような。


足掻けば足掻くほど、事を悪くするばかりだ、そうだ、力を振り絞って、さらに力の源を枯らすようなものではないか。それよりは取引に決着をつけてしまおう、それで何も彼も終わるのだ。エロス!_直ぐ行くぞ、女王。エロス!_待っていてくれ。



魂が花びらの上に憩うという天国へ行って、二人で手をつないで、陽気に振舞って、他の幽霊たちの目を見張らせてやるのだ。ダイドーとイーニアスに纏わり附いていた幽霊たちも、やがてその傍を離れて、我々二人の周りに慕い寄って来るだろう。おい、エロス、エロス!



エロスが二たび登場。


エロス  何か御用でございますか?

アントニー  クレオパトラが死んだとなれば、今こうして生きているのも恥さらしだ、そういうおれの陋劣を神々はお憎しみあるに相違ない。おれは、そうだ、この剣をもって思いのままに世界を截断し、緑の大海原に大船団の都を築いた男が、婦女子の勇気すら無いとなったら、どうしてそういう己を許せよう_



そうではないか、みずから死んでシーザーに「このとおり自分を征服した」と言ってのけられるあの女に遠く及ばぬ心の持ち主だということになる。エロス、かつて誓ってくれたな、いざという時には、そうだ、今こそそうなのだが、堪えがたい屈辱に追い込まれ、身動きできなくなった時には、おれの命じるまま、きっとおれを殺してくれると。



さあ、やれ、その時が来たのだ。おれを突くのではない、相手はシーザーだ、奴の裏を掻くのだ。顔色を変えるな。(略)


エロス  これでお別れでございます。よろしゅうございますか?

アントニー  さあ、いつでも、エロス。


エロス  では、このとおり。こうしておれはアントニーの死を見る悲しみから逃れるのだ。(自分を刺す)


アントニー  見事だ、おれは足元にも及ばぬ!お前はおれに教えてくれたのだ、おお、エロス、おれのなすべきことを、そしてお前にはできなかったことを。女王とエロスはおれに勇気を教え、おれに代わってその名を記録に留めえたのだ。



が、おれも死んで花婿になる、恋人の閨に向うがごとく死の国に急ごう。さあ、行け、エロス、お前の主人はお前を師として死ぬのだ。こうしろと(剣に伏す)、お前は教えてくれた。ええい!死なぬのか?まだ死なぬのか?衛兵!おお、早く留めを!」




アントニー  遅かった、ダイオミード。おれの衛兵を呼んでくれ。


ダイオミーディーズ  おい、衛兵はいないか!衛兵、おおい!アントニー様がお呼びだ。



アントニー附きの衛兵が四、五人登場。



アントニー  おれを担いで行け、クレヲパトラのいる所へ、これがおれの最後の命令だ。


第一の衛兵  何ということを、日頃おためを思っている家来どもを後に残したまま、先に行ってしまおうとおっしゃる。


一同  これほど辛いことが!

アントニー  もうよい、意地の悪い運命の女神に悲しみの涙を施して、これ以上つけあがらせることはない。おれたちを苦しめに来るものを快く迎えてやれ、それに平然と堪えている風を見せて、逆にそいつを苦しめてやるのだ。


さあ、担いで行ってくれ。(略)」



アントニー  静かにしてくれ!決してシーザーの勇気がアントニーを倒したのではない、アントニーの勇気が自らに打ち勝ったのだ。


クレオパトラ  決まっております。アントニー以外の誰がアントニーを倒しえましょう、でも、その悲しみに変わりはない!(略)



アントニー みじめな末路がとうとうこの身にも、いや、それを嘆き悲しんでくれるな。いっそ、かつての華やかなりし日々の想い出に、その心を慰めるがよい……その頃のおれは世界最高の君主、こよなき…今さら何でさもしい死に様を晒そうものか、同胞に兜を脱いで見せるような卑怯なまねをするものか……ローマの男がローマの男いn雄々しく挑んで敗れたまでのこと。魂が、今おれの体を去ろうとしている、もう何も言えぬ。


クレオパトラ  衆に秀れ、こよなき人と崇められたあなた、それが死ぬというのか?この身はうとましいこの世に一人、お前の逝ってしまった後では、豚小屋にも等しいこの世に生き永らえねばならぬのか?(アントニー死す)



この世の王冠が溶けてなくなってしまった。アントニー!戦を飾る花輪が萎み、武人の柱が倒れてしまった。年端もゆかぬ男女が大人と肩を並べ、物のけじめは失われ、巡り来る月の下には、何一つ際立ったものが無くなってしまったのだ。



カーミアン おお、お気をお鎮めになって下さいまし、女王様!(クレオパトラ気を失う)」



「ダーセタス  と申しますのは、おお、シーザー、アントニーはもはやこの世におりませぬ。


シーザー  あれほどの大人物が倒れたというのに、それにしては地響きがしなさすぎるな。この丸い大地が大揺れに揺れて、獅子が平和な都に抛り出され、都の住民共が逆に獅子の洞穴に投げ込まれる程の騒ぎになっても良さそうだが。


アントニーの死はあの男一人の運命たるに留まらぬ。その名に世界の半ばが懸かっているのだ。(略)



メーシナス  弱点と美徳とがたがいに鬩ぎあっているような男だった。


アグリッパ  全人類の指導者として、あれほど優れた資質をもった男はかつて無かった。神々は、我々をあくまで人間に留めておこうとして、何かしら欠点を与えるのだ。シーザーも心を打たれたと見える。

(略)



クレオパトラ  あれは口先だけだよ、皆、あれは口先だけ、そうして、私がみずからに与えうる最後の誇りを封じてしまようというのだよ。でも、お聞き、カーミアン。(囁く)


アイアラス  御覚悟を、女王、明るい日の盛りは過ぎました、今は共々暗い夜の旅路に。


クレオパトラ  もう一度、直ぐ行って来ておくれ、言い附けてあることだし、用意は出来ているはず、急いで取り計らうようにと。


カーミアン  はい、畏まりました。

(略)」



「道化  くれぐれもご注意を、よろしゅうございますか、蛇は本性を忘れませぬ。


クレオパトラ  解っている、もうよい。


道化  よろしゅうございますね、蛇は必ずしっかりした人の手にお預けなさいまし。正直の話、人なつこさなどというものは、この蛇には微塵もございませんからな。

(略)


クレオパトラ  私を食うだろうか?

道化  幾ら私が足りなくても、女は神々の一番好きな召しあがり物、もっとも、悪魔が味を附けた奴はいけませんがね。しかしでございます、はい、その悪魔の野郎め、女の事となると、神々に大迷惑を掛けましてな、なにしろ、神様が女を十人こしらえると、そのうち五人は悪魔にやられます。


クレオパトラ さあ、お退り、もうよい。

(略)


クレオパトラ  着附けをしておくれ、冠を首に。私は不死不滅の世界に憧れている。もう二度とエジプトの葡萄の露がこの唇を濡らすことはあるまい。早く、早く、アイアラス、急いでおくれ。アントニーが私を呼ぶ声が聞こえてくるような気がする。


私のけなげな行為を褒めてくれようと、身を起こすのが見えるようだ、それ、シーザーの僥倖を嘲っておいでになる、よくあること、神々は人に僥倖を与えて、それを、後で罰を下すための口実にお使いになるのだよ。



アントニー様、あなたの妻は直ぐお側に。
この上は、ただ勇気を、そう申し上げても、お名を辱めぬように!私は燃えあがる火、立ちのぼる大気、現身の五体は賤しい下界の土と水に還るがよい。これで済んだのか?



では、私の唇の最後のぬくもりを。お別れだよ、カーミアン、アイアラス、永遠のお別れだよ。(彼らに接吻する。アイアラスが倒れ死ぬ)この唇に蛇の毒が?立てぬのか?(略)



クレオパトラ  (略)さあ、恐ろしい奴、(蛇に向って、そう言いながら、それを胸に当てる)お前の鋭い歯で、この命の根の結ぼれを一噛みに断ち切っておくれ。しっかりおし、幾らでも怒るがよい、早く済ませておくれ。ああ、お前に口がきけさえしたら、あの大シーザー殿をからかってもらえたろうに、頓馬め、まんまと鼻を明かされたではないかと!


(略)


シーザー  おそらくそれを用いて死んだのであろう、女王の侍医から聞いたのだが、女王は楽に死ねるあらゆる手立てを求めていたという。女王の臥床を担ぎ上げるように、女どもは廟から運び出せ。


亡骸はアントニーの傍に葬るのだ。地上のいかなる墓もこの二人ほど名高き男女を治めることはなかろう。


このようにおおいなる出来事は、それを引き起こした者の胸をも貫かずには措かぬ、二人の物語は世の人々の心を打ち、その死に哀悼を命じた勝利者の栄誉と共に永く忘れられぬであろう。



身方の将兵は厳かに隊伍を整えて、葬儀を済ませ、ローマに帰還することにする。さあ、ドラベラ、万事厳粛に取り行うよう手配を頼む。(一同退場、兵士たちは死骸を運んで去る)」



〇 この物語では、死ぬことが最高に勇気があることのように言っています。
シーラは、だから自殺を考えたのかも知れない、と思いました。

日本の物語でも、「心中もの」は、死ぬことで互いの想いの純粋さを完結させようとします。似てるなぁ、と思いました。

アントニーは、散々、クレオパトラを疑います。裏切られたと思い込み、罵ります。それでも、死んだと知ると、松明の火は消えてしまった、と感じて、生き永らえるのは、苦しみだけだとなる。


言葉では、色々言っていても、多分心の底では、クレオパトラを信じていたのかな、と思いました。もしくは、信じたいと願っていて、その願いを破壊することが出来なかった…のかもしれない、と思いました。


そこに、「所詮、この世に信じられるものなどなにもない、空しいだけ」と言って、生きる人間とは違うものを感じました。


〇 考えてみれば、シーラは「星の王子さま」もとても好きでした。私は、全然ダメだった。シーラと私には、あまり共通点がないのかもしれない、と思いました。