「Ⅱ 企業の力
日本の企業
イギリスやアメリカの企業と、日本の企業とは、たいへんちがいます。
企業に人をやとうとき、むこうは仕事のできる個人と契約します。仕事のできるうでを企業に入る前に、大学院とか、ビジネス・スクールとか、組合のつくっている訓練所とかで、身につけてから就職します。
日本では就職は縁組です。企業というイエの一員にしてもらうのです。仕事をするうでは企業がつけてくれます。
イギリスやアメリカでは、個人の契約でつとめているのですから、自分のうでを認めてくれるところがあれば、どこへでもかわります。自分のうでで食っているのですから、一生のうちに何度も転職します。日本でも大正ごろまでは、うでのある熟練工が自分の弟子をつれて、工場から工場にわたり歩いたことがありました。
いま日本では一度つとめたら、企業というイエの一員になったのですから、定年までイエにご奉公をします。
やとった人間を社内で一人前にする制度は軍需工場からはじまりました。軍需産業は日本になかったので、明治政府が外国人の技師をよんできて、工場で養成することになったからです。徒弟制度は江戸時代以来のしきたりでしたから、一生企業にご奉公するのは、日本人には、うけいれやすい制度でした。
企業は株主と経営者と労働者とから成り立っています。イギリスやアメリカでは、株主が資本の使い方について、経営者と株主総会で争うのは、よくあることです。日本では株主も経営者も労働者も同じイエの身内です。株主総会はもめてはならないものになっています。
総会でごててやるといって、ゆすりをやるような手合いもでてくるわけです。
企業はイエですから、イエのしきたりをまもろうとします。むかしの商家の家訓のようなものをこしらえ、毎朝社員をならばせて、いっせいに唱えさせるところもあります。
日本の会社の90%が同族会社で、社長が世襲のところも少なくありません。
職場もイエの雰囲気です。チーム労働などといわれ、チームがイエの中のイエで、これが競争するように仕向けられます。
企業は個人よりもイエの事を大事に思いますから、企業の都合で転勤もさせます。個人として認めていませんから、個人の事情など聞いてくれません。いやだといえば、企業にたいして忠誠心がない人間とされます。
企業のなかで、毎日しきたりに従った生活をしている男が、家庭へ帰って独立した個人に返信できないのは当然と言えます。
「脱サラ」をする男もありますが、企業社会への反逆か、好景気便乗か不明です。」
〇 企業はイエで、一生御奉公するのは、日本人にとって普通の考え方、という説明をきくと、企業人のわけのわからない行動も、理解できるような気がしました。内部告発者が、悪とされ、イエの恥を世間に晒してはならないと、不正を隠蔽する。
ただ、多くの労働者は今や、イエの保護を受けられない状況で、放り出されています。