読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

私は女性にしか期待しない

今の憲法は敗戦のどさくさにまぎれて、占領軍が押し付けたものだという人があります。そういう人は敗戦まで、社会の優待席に座っていて、弱い者を虐げていた人です。



息子を兵隊にとられ、戦争にかりだされ、密林や名もない島で、戦死させられた何百万人の母親の気持ちを知らない人です。敗戦のあと、できた憲法の、
「戦争は永久に放棄する」(第9条)
を読んで、彼女たちは、これで自分のような悲しい目に合う人はなくなると思ったでしょう。



親のいいつけで、それまで見た事のなかった男の家に嫁がされ、姑からいじめぬかれて、家風に合わないと離婚させられた女たちは、
「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」(第24条)
と言っている憲法を、感動をもって読んだことでしょう。



不作が続いて食えなくなった農家の娘が、娼家に売られ、監禁され、客をとらされ、来る日も来る日も泣いて暮らしていた時、
「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない」(第18条)
という憲法が出来たと聞いた時、神の声と思ったでしょう。



政治演説会を一度聞こうと思って会場に近づいたら、警官に呼び止められ、住所氏名をきかれ、家宅捜索を受けた女の人は、第35条の、令状なしに住居に侵入されたり捜索されたりしないとあるのを読んで、いい世の中になったなあと思ったでしょう。



憲法アメリカが日本に押し付けたものではありません。明治から昭和にいたる政治の被害者の声なき声が日本にこもっていたのが、地球を覆うデモクラシーの波と共鳴したのです。



文明開化といいながら、明治以来の政府は、文明国の生活のルールを締め出していました。憲法は政治の制度のことを書いています。学校も憲法を教える時は、民主主義の制度として教えます。


けれども、敗戦まで「奴隷的拘束」を受けていた女や子供にとって、憲法は日常の生活の解放宣言です。草の根のところで国民がデモクラシーになっていなければ、議会制と自由選挙があっても、政治はデモクラシーになりません。



政治家が選挙で買収をしたり、役人が企業にこっそり職務権限を売ったりするのは、デモクラシーがにせものなのです。デモクラシーは草の根の所で支えていないと、ほんものになりません。



ほんもののデモクラシーを恐れる人たちは、憲法は押し付けられたものだといいます。戦争被害者たちが、憲法ができて歓声をあげたことを忘れて、戦後民主主義は虚妄だった、などとうそぶきます。」


〇 安倍総理は、日本国憲法は敗戦によりアメリカから押し付けられたものだと言っています。恥ずかしくいじましいものだと言っています。

そして、これが、自民党が掲げる憲法改正案です。

私は憲法についての専門的な知識は全くありません。
でも、大事な事なので、いろいろ調べてみると、
もともと、憲法は「民主主義」を守る為に、「権力者を縛る」役割のものなのだそうです。

主人は国民で、権力者はその国民から力を付託されている人々です。
だから、権力者がその権力で国民の意志を封じ込めることがあってはならないのです。

今、国民の半数以上が、改憲の必要はない、と言っています。
でも、安倍総理は、何が何でも改憲しようとしています。

この状況がすでに「憲法違反」で、憲法学者の多くが、声を挙げているのですが、今や、マスコミもそれを報道しません。

改正案の内容には、様々な問題があるのですが、
一番、恐ろしいのが、この緊急事態条項です。
これを発する力を持つということは、独裁者になれる、
ということです。

安倍総理は、今もすでに、独裁者ですが、法的にも、そのやり方が、
認められる、ということです。



第九十九条

緊急事態の宣言が発せられたときは、
法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の
効力を有する政令を制定することができるほか、
内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、
地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。


前項の政令の制定及び処分については、
法律の定めるところにより、
事後に国会の承認を得なければならない。



緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の
定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の
生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発
せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。
この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、
第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、
最大限に尊重されなければならない。