「資産と負担
橋爪 「一律給付」が原則の、日本の医療保険や年金制度は不合理だというご指摘がありました。では、どうすればいいのか、教えてください。
小林 高齢者の場合、大半が、仕事を辞めていますから、所得額でその人の豊かさを測るのは合理的ではありません。中には所得が全くなくても、何億という資産を持っている人がいる。(略)
しかし、政府・税務当局や自治体が、国民一人一人が保有する資産量を把握するのは基本的には不可能です。特に難しいのが金融資産です。複数の金融機関に資産を分散させて預けてあると、誰が預金者かを特定するのはきわめて困難で、それがために資産額に応じた課税ができないのです。
橋爪 二〇一六年から、マイナンバー制度が始まるのですね。
小林 はい、この制度が導入されれば、国民一人一人に個人番号が付けられます。これによって税の申告や医療の記録、さらには住民票の取得など自治体によるサービスといったものが、すべてマイナンバーで管理されることになります。
銀行や証券会社の口座を開設する際や、不動産取引などの際に、このマイナンバーを付記するよう義務付ければ、複数の金融資産の名寄せが出来ますから、課税当局は、国民の資産をより正確に把握できるようになります。
それによって、年金の給付額や、医療の窓口負担額などを資産に応じて変えていくといった、個々人の豊かさに応じた社会保障が実現できるわけです。
ただ、この手の放しになると必ず、プライバシーの保護とどう折り合いをつけるかという問題が出てきます。しかし、社会保障を支えるためであるという目的が明確なら、多くの国民が理解してくれるのではないでしょうか。
(略)
橋爪 所得に応じた負担は、合理的でわかりやすい。では、資産に応じた負担は、合理的なのでしょうか。
本人にはあまり所得がなくて、親から二億円の不動産を相続したとします。高額の固定資産税を払わなくてはならず、その分、生活が圧迫される。病院に行けば、「あなたは二億円の不動産を持っているでしょ」と言われて、医療費も高くなる。(略)
もう踏んだり蹴ったりではないか。資産による負担は、不合理が多いようにも思うのです。
小林 第Ⅱ部でもリバースモーゲージの話はしましたが、この制度が導入されれば、そういう問題もある程度、解消されると思います。
橋爪 資産を所得に変換できる仕組みですね。
小林 はい。土地や不動産を保険会社などの運営主体に引渡し、その対価として、月々決まった金額を、亡くなるまで受け取れるという仕組みです。亡くなった時点で、その土地や不動産は、運営主体のものになる。(略)
橋爪 なるほど。そうすれば、公的年金の財源も、節約できそうです。
この仕組みが普及すれば、高齢者の不動産を取得する保険会社や自治体が増えて、その分、若い世代の遺産相続が減ると思われる。これは悪いことではありません。
親の資産のいかんで子の運命が左右されるのが、遺産相続です。不公平です。それよりも、機会の平等を徹底し、能力に応じた就業のチャンスをすべての人に開いていくがよい。しっかり教育を行い、労働力の付加価値を高めて、労働生産性も賃金も高くなるようにする。これが、政府が目指すべき方向ではないでしょうか。
小林 そうですね。マイナンバー制度によって、個々人の資産をしっかり把握し、その額に応じて公的年金の給付額を変えていくとすれば、資産はあるものの、所得がないような高齢者は経済的に行き詰ってしまいかねません。