「空洞化する律令制
律令制は、中国から律令システムという官僚的な国家統治機構を取り入れたもので、これがはじめて日本に取り入れられた法体系ということになります。中国のシステムは律と令という、ふたつの法体系で出来上がっている。
律は刑法のことで、人民を取り締まるのにこのように刑罰を加える。令は行政法のようなもので、こういうふうに国家を組織して、このように行政手続きを行なうというものです。
国家を速やかに国際水準に高めるために、四つの古代化_宗教の古代化、法律の古代化、科学技術の古代化、文化芸術の古代化_を進めて、中国に見劣りしない国家になろうとしたわけです。その一環として法律が導入された。
ところが、この法律はしばらくするとなあなあになって、その通りには実施されなくなります。たとえば、刑法ははじめからやる気がなかった。中国(髄・唐)の刑法には五つの刑(笞、杖、徒、流、死)がありましたが、笞刑や杖刑はあまり実施されない。
官僚制でも、中国では試験によって人材を抜擢していくシステムを重視したのですが、日本の場合は、高官の地位を貴族、豪族の間でたらい回しにする。実質、子どもに継がせるというシステムですから、試験のようなシステムは邪魔になるだけ。
そのうちに、律令に定められていない例外的な官職が、たくさんできてしまいます。まず、蔵人頭というのですが、今日的に言えば内閣官房長官みたいなものです。これは律令制に規定がない、しかし令外官、つまり、員数外ではあっても常設の官職ということになって、政治的に重要な役割になってしまった。
律令制は骨抜きです。
律令制が取り入れられた本来の趣旨は、公地公民といって、日本中の土地を国有地にし、天皇のものにする。そして、農民を自作農として田地を耕作させて税金を収めさせる。そういうシステムだったはずなのが、あれよ、あれよ、という間に、ほとんどの農地が官僚貴族によってネコババされてしまいます。
不輸不入権といいますが、行政の立ち入りを禁止して、税金もかけないようにしました。いわば、私有地になってしまった。それが荘園制です。公有地がほとんどなくなってしまう。これでは官僚国家は維持できない。このプロセスが、数百年の間にわたって進行し、律令制とは名ばかりになってしまうわけです。
こういうふうに考えると、日本は中国法を導入したのに、社会構造の前提があまりに違うために、結局あまりうまく機能しなかった、ということがわかります。
なぜ武士が台頭してきたか
このほかに律令の定める軍事組織もあったのですが、軍事組織も機能せず、ついに平安の王朝政府は、正規軍を持つことができませんでした。五衛府(衛門府、左右衛士府、左右兵衛府)が置かれましたが、そういうものはどうでもよくなり、北面の武士や、検非違使というガードマンが幅を利かせ、最終的に、ガードマンの親分である武士が、正規軍の代わりになってしまうわけです。武士は正規の軍隊ではないのです。
そして固有法が、だんだん表に出てきます。
律令法が現実に働いていないとすると、実際に働いている法律は何か。それは、地元のローカルルールです。
たとえば、武士が所領をしはいしていれば、そこでの裁判権も持っているわけです。土地の譲渡や相続も、彼ら流に勝手にやっています。この固有法がだんだん正式なものになり、それが幕府法に結実していく。こういう法律は、中国法となんの関係もないのです。
同じようなことは、繰り返し起こります。明治になって憲法を導入しても、実際には昔ながらの慣行で、社会を運営していました。戦後も民主主義を導入しますけれども、実際に会社や学校では、民主主義とは関係の無い、いろいろな不文律や規則が幅を利かせています。こういうことは、昔からあったことなのですね。
そこで重要になるのが、裁判の制度です。土地所有に関する裁判は、鎌倉幕府が構成された、重要な理由の一つです。
律令制では、土地は公有が原則である。ところがいろんな理由をこしらえて、貴族の荘園になってしまう。どうやるかというと、特殊法人のようなやり方なのですが、貴族は政府の官職についていますから、官職に対して国有地をつけるので税金を自由に合って下さいとか、土建屋となって田地を開発してくれたら税金はおまけしますとか、特例をつくる。
税金が免除される特殊法人が、どんどんできて、いわばそういうもののかたまりにおって、日本全体が乗っ取られてしまうのです。
武士は現地に住んでいて、その武士がやがてもう一度ネコババされたら大変だ。そこで腕っぷしの強いガードマンを雇います。これが武士です。
武士は現地に住んでいて、その武士がやがてもう一度土地をネコババするわけです。
税金を納めなかったり、実質的に支配しているのは俺だから、とか言って、堂々と貴族と談判して、領地の半分は武家のものだと認めさせたりする。こうして土地所有権
法律的に、ますます複雑怪奇となっていく。」