読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

人間にとって法とは何か

「どこまで民営化できるか

リバタリアニズムの国家観に立ちますと、国家は最小限のことをやるのが正しい、ということになります。
十九世紀に、夜警国家という考え方がありました。それと似ているかもしれない。軍事や外交など、国がまとまって一元的にやらなくてはいけないものは国がやるべきだが、それ以外は民営化すべきである。


最近日本でも、ゴミ集めや給食を民営化していますが、およそ民営化できそうなものは、すげて民営化してしまう。たとえば警察。警察は、ガードマン会社に入札して貰って、安くてしっかり泥棒を捕まえてくれるところに下請けに出してしまう。


水道もそうですし、刑務所も民営化する。考えてみると、民営化出来ないものは、ほとんどないわけです。そうやってどんどん民営化し、株式会社化してしまう。これがリバタリアニズムです。



リバタリアニズムと、それ以前の思想、たとえばリベラリズムとの関係はどうなっているのか。アメリカでは、リベラリズム保守主義が伝統的に対立していました。



保守主義というのは、レーガン元大統領のような感じで、経済の自由はとても認めるわけです。政府の規制に反対する。しかし、個人の自由については伝統的な考えを持っていて、制限する傾向がある。



リベラリズムはそれに対して、個人の自由を最大限認めようとするわけです。しかし、個人の自由を認めるためには、貧困を退治しなくてはいけない、社会の平等を達成しなくてはいけないというので、どうしても福祉が決定的に重要になります。
そうすると、民主乙の言うように、大きな政府を作って、福祉予算を増やし税金を増やして、貧困対策をしなくてはいけない。(略)



経済的自由も個人的自由もなくていいという専制主義は、アメリカにはほとんどありませんから、大きく言えば、このふたつの考えがアメリカでは対立していた。



リバタリアニズムは、リベラリズム保守主義のいいとこ取りをして、市場の活力を最大限重視し、同時に個人の自由も最大限認めるというような、右とも左ともつかない、新しい考え方なのです。」