読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

文庫版のためのあとがき

〇こちらのあとがきからは、少しだけメモします。

 

「この本に伏流しているのは「そんなに変化を急がない方がいいんじゃないの」という気分です。(略)」

 

 

「社会の競争的再編によって弱者が利益を得る可能性はきわめて低いことは誰にでも推論できるはずなのに、私の記憶する限りでは、日本国民のほぼ八〇%が(明らかな社会的「弱者」たちを含めて)、このワイルドなルールの導入に諸手を挙げて賛同したのでした。(略)

 

 

ですから、今日私たちが直面している社会的問題は多岐にわたりますけれど、その責任の少なくとも一端(どころじゃないと思うけど)はこの時期に「弱肉強食・適者生存」ルールに基づく社会のラディカルな再編に熱く同意された日本の有権者にあると私は思っています。(略)」

 

 

「社会制度のうち、もっとも本質的なものはその起源が知られていません。言語も、親族制度も、交換も、私たちはその制度の起源を知りません。神話や呪術や通過儀礼や葬礼がどうして世界中の社会集団にあるのか、その理由も私たちはうまく説明できません。

 

 

そういう「太古からあるもの」、言い換えれば「それがあることで人間が人間になったもの」については、それが合理的であるとかないとか、収益率がいいとか悪いとか、政治的に正しいとか正しくないとか、そういう賢しらなことはあまり言わない方がいいというのが私の考えです。

 

 

もちろん、どうしてそういう制度が存在するのかについて学問的に考究するのは有用なことですけれど、考究すれば「わかる」というものではありません。私がこの本で言いたかったことは、その出自や機能がよくわからない社会制度に対して、私たちはもっと「謙虚」になった方がいいのではないかということです。(略)」

 

 

「私が提唱しているのは、「系譜学的に思考する」ことです。ある社会制度がうまく機能していない時、いきなり「ぶっこわせ」と呼号したり、「最善のソリューションはこれである」と非現実的な夢想を語り出すのを少しだけ自制して、「このような制度が採用されるに至った」時点まで遡及し、そして、そのときのリアルタイムで「ほかにどのような選択肢があったのか」を(想像的に)列挙してみること、それがさしあたり私が心がけていることです。

そういう知的な自己訓練のために日々のブログに書いた文章が本書には収録されています。(略)

 

                  二〇〇九年七月       内田樹