読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

シーラという子 _虐待されたある少女の物語_

「私たちはお互いの顔を見た。その子の名前はシーラ。もう少しで六歳半になるところだった。艶のない髪に敵意むきだしの目をしたちっぽけな子供で、ひどい臭いがした。」

 

「毎朝”話し合い”から一日を始めることになっていた。我が校では授業を始める前に国旗への誓いの言葉を述べ、国歌をうたうことになっていた。

基本的な欲求を伝えることさえできない子供たちに愛国心をもちだしてもしょうがないと私は感じていたが、学校の理事会は愛国主義の表明を拒否する者をこころよしとしていなかった。


私としては国に忠誠を誓うよりもずっと大事な事で戦わねばならないことがあまりにも多かった。

そこで私は妥協をして、話し合いの時間を作ったのだった。子供たちは全員、めちゃくちゃな崩壊しかかっている家庭から来ていたので、私たちには前日分かれたあと、毎朝一つにまとまるための何かが必要だった。私はコミュニケーションを促進し、言葉でわかり合うことを発達させるようなものを何かやりたかった。」

 

「そのあとで私は”話題”をみつけて話し合うということを始めた。幸せな気持ちになることについてしゃべるというふうに、ふつうは話題によっていろいろな気持ちについて考えることにしていた。(略)


だが一か月、二カ月と経つにつれて、子どもたちが自分から意見をいうようになり、このところずっと、私の方から話し合いを始めなくてもよくなっていた。」


「話題の後、私は子どもたちひとりずつに、前日あるいは先週の金曜に学校が終わってから何があったかをしゃべらせた。(略)


子どもたちにはみんないいたいことがたくさんあり、活動を終わらせるのに苦労するような日もあるほどだった。」


〇ここを読みながら思い出したのは、犯罪を犯した人を聴取する人が言っていたことです。彼ら(犯罪者)は話を聞いてくれる人がいるということをとても喜ぶということ。
いかにそれまで、誰も話を聞いてくれなかったのかが、分かると言っていました。

そして、私が今、こんな風に、ネットに一方的にではあっても、自分の気持ちを書いているのも、少し、そういう部分があると思います。

私が「理屈っぽく」こんなことを言うのに閉口している人が大勢いて(>_<)
私は、誰かに向かってこんな話はしません。

でも、私の中には「こんな話」がたくさん詰まっていて、それをここで、話すことで、私はとても救われているのだと思います。

そして、このことで、誰かに迷惑をかけたり、嫌な思いをさせたり、という心配はないので、私は今、こんなやり方があるのが、とても嬉しいです。


「「誰も話すこと、ないの?それじゃあ、私が話すわね。自分が新入りで、知ってる人が誰もいなかったら、それとも自分は仲間に入りたいのに誰も入れてくれなかったら、どんな気持ちがするかしら?心の中でどんなふうに感じるかしら?」

「いやだ」ギレアモがいった。「ぼく、前にそういうことがあったけど、いやだった」

「そのときのことをはなしてくれない?」と私はいった。

突然ピーターが飛び上がった。「この子臭いよ、先生」ピーターハシーラから遠ざかった。「この子すっごく臭いよ。こんなやつと一緒に座りたくないよ。臭くて死にそうだよ」

シーラは怒った目でピーターを見たが、何もしゃべりもしなければ動きもしなかった。彼女は両腕できつく膝を抱え込むような姿勢で、丸まっていた。」

 

 

「「ピータ、あなたが人から臭いっていわれたらどんな気がする?」
「だって、この子ほんとにすごい臭いんだもん」ピーターは言い返した。
「そういうことをきいているんじゃないわ。人からそういうことをいわれたらどういう気がするってきいてるのよ」」


「「そうね。いい気持ちがする人は誰もいないと思うわ。じゃあこの問題を解決するのにもっといい方法って何かしら?」
「トリイが、誰もいないときに、臭いよってそっといってあげればいいんだよ」ウィリアムがいった。


「そうすればあの子ははずかしい思いをしなくてすむよ」
「臭くないようにすればいいって教えてあげれば」とギレアモー。

「みんな鼻をつまめばいいんだ」とピーターがいった。彼は今でも自分が不適切な指摘をしたということを認めたくはないようだった。

「そんなことしたってだめだよ、ピーター」ウィリアムがいった。「だって息ができなくなるもの」
「できるさ。口で息をすればいいんだよ」


私は笑ってしまった。「さあ、みんな。ピーターがいったようにやってみて。ピーター、あなたもやるのよ」

シーラ以外のみんなが鼻をつまみ、口で息をした。(略)


しばらくすると私たちはお互いのおかしな顔を見て笑ってしまった。フレディとマックスまでが笑っていた。シーラ以外のみんなが笑っていた。

私は彼女がこれを自分をだしにした冗談だと思っているのではないかと恐れ始め、あわててそうではないのだと説明した。」


「「この子しゃべらないの?」ギレアモーがきいた。
「あたしも前はしゃべらなかった。覚えているでしょう?」とセーラが言い出した。


「あたし、あのころ頭がおかしかったから、誰もと絶対にしゃべらなかったの」彼女はシーラを見た。「あたしもしゃべらなかったのよ、シーラ。だからどんな気持ちかよくわかるわ」
「そうね、シーラを困らせすぎたようね。もうちょっと時間をかけて慣れてもらいましょう。いいわね?」


「私たちは朝の残りの時間、話し合いを続け、最後の<ユー・アー・マイ・サンシャイン>を合唱した。フレディは大喜びで手を叩き、ギレアモーは両手で指揮をし、ピーターは大声でがなりたてて歌った。

私はタイラーをぬいぐるみ人形のようにあやつった。だがシーラは怒り狂った顔をして座ったままで、みんなが踊る中でただひとり小さな体を固くしてうずくまっていた。」


「「どうやらまだ算数はやりたくないみたいね。わかったわ。じゃあ座っていなさい。ここではみんな自分の勉強をして、自分でできるだけのことをすることになっているの。でもそのことで喧嘩まではしたくないわ。

座っていたいのなら、座っていなさい」私は彼女を部屋の隅までひっぱっていった。

そこは子どもたちが興奮しすぎて、自制心を取りもどす必要があるときや、注意を引こうとして度が過ぎた振舞をしたときなどに、他の子どもたちから隔離するためのコーナーだった。」


「「こっちへいらっしゃい」私は彼女をテーブルのところまで連れてきて、私と向き合うかたちに椅子に座らせた。

「あなたと私の間ではっきりさせておかなければならないことがあるわ」
彼女は私を睨んだ。色あせたTシャツの下で小さな肩をいからせている。

「この部屋にはそれほど規則はないの。たった二つあるだけよ。特別の場合に特別の規則が必要になる場合は別だけど。

でもふつうはたった二つだけなの。ひとつはここでは誰も傷つけてはいけないこと。他の人を誰もね。それから自分のことも。

二つ目はいつも一生懸命するってことなの。この規則をあなたはまだ守ってないようね」(略)


「いい?あなたがここでまずしなければならないことは、しゃべるということよ。慣れないうちはそうするのが難しいってことはわかっているわ。でもここではしゃべるの。

それがあなたが一生懸命することのひとつなのよ。最初がいつもいちばん難しいのよ。泣いてしまうこともあるかもしれないわ。でも、ここでは泣いてもいいの。でもしゃべらないとだめ。いずれそのうちにしゃべるでしょうけどね。

早くしゃべるようになったほうが、ずっと楽になるわ」挑むように私を見ている彼女に対抗するように私はじっと彼女の目を見た。
「わかった?」

怒りで彼女の顔が赤黒くなった。もしこの憎悪が解き放たれたらどういうことになるのだろうと考えると怖くなったが、それを顔に出さないでなんとかその恐怖感を抑え込もうとした。

彼女は相手の目からすぐに心を察してしまうようだった。」

 

 

 

「私はいつも自分が担当する子どもたちに何を期待しているかをはっきりさせようと意識していた。同僚の中には子供たちの自我の脆弱さを主張して、私の子どもたちへの率直さをいぶかる者もいた。

だが私はそうは思わなかった。たしかにこの子たちはみんな悲しく、踏み躙られた自我を持っているけれど、誰一人として脆弱ではなかった。


それどころか反対だった。彼らのほとんどがあれほどの苦境をくぐりぬけて、いまいるところまでやってこれたということこそ、彼らの強さの証明ではないか。


そうはいっても、彼らはみんな混沌とした人生を歩んでおり、情緒障害という性質から他人の上にもその混沌を持ち込んでいた。


私が彼らに何を期待しているかを彼らに考えさせようとして、これらの混乱の上にさらに混乱を持ち込むようなことをする権利は私にはないと思っていた。

役割とルールをはっきりさせることはどの子を相手にするときでも有効で生産的な方法だった。

そうすることにより、私たちの関係のあいまいさを無くすことができるからだ。」

〇この文章は、この前回のシーラとの「対決」のあとにすぐに続く文章です。

ここを読んで思い浮かんだのは、あの河合氏の「中空構造日本の深層」の中に言葉です。

「つまり、何かを中心におくかのように見えながら、その次にそれと対立するものによってバランスを回復し、中心の空性を守るという現象が繰り返し繰り返し日本神話に生じているのである。(略)

つまり、どちらか一方が優位になってしまうことはなく、必ずその後にカウンターバランス作用が生じるのである。」

この状態の中で、人間が自分の態度を決めるのは、本当に難しい…。
とりあえず、場の倫理に従い、「みんなそうしているから」ということで
態度を決めるしかなくなります。

例えばいじめを考えて見ます。

なぜいじめられている子を誰も庇わないのか。
みんながそうしているから…。

例えば、大企業などでの不正経理を会社ぐるみで隠ぺいするなどということも、
頻発していますが、それも、

みんながそうしているから…。

しかも、子供には「嘘は良くない」「いじめは良くない」と言いながら、
一方で、場の倫理が日本の倫理なのだ、善も悪もないという仏教の教えが日本的な態度なのだと、あいまいなままの態度を改めない大人。

どのルールに従うべきなのか、まったくわからないままで、
(右と左に同時に行け!という命令を出されているようなルールです)

しかも、神も仏もいない世界で、赦しもなく、
自分の道を決めることを求められるのです。

これでは、大人の入口で混乱の極みに陥り、大人になれない人間が出ても当然だと思います。


そして、ふと思ったのですが…
あのオウム真理教の事件、あれも、もし仏教が「善も悪もない」ことを教える宗教なら、あの犯罪すら、悪ではなくなる…。

もし、自分たちが権力をにぎり、「良い仏教国」を作るためなら、多少の悪も
しょうがないと考えたのか…、

今の安倍政権も、そんな小さなことに関わってはいられないと、森友も加計も、その程度の犯罪は、悪ではないみたいに言ってました。

 

すべて、個人的な「妄想」です。すみません。

 

 

「「あたしをしゃべらせることなんかできないから」シーラがいった。

私は赤ペンを探しながら、プリントを繰り続けていた。いい教師である四分の三はタイミングにかかっている。」

 

「「あんたなんかきらいだ」
「べつに好きじゃなくてもいいのよ」
「だいきらい」

私は答えなかった。この言葉に対しては答えないでおくのが最良の策だと思っていたからだ。」

 

 

 

「ファイルはわたしのところにまわってくるもののわりには驚くほど薄かった。ほとんどの子供たちのファイルは分厚く書類がぎっしりとはさみこまれていて、何十人という医師、セラピスト、裁判官、ソーシャル・ワーカーらの意見が満載されていた。

これらのファイルを読むたびに私が思う事は、このファイルに記録を書いた彼らは、当事者の子供と毎日何時間も一緒に過ごさなくてもよかった人ばかりなのだということだった。

紙に書かれた言葉は学識豊かな論説ではあっても、必死になっている教師や恐怖にかられている親を助けるようなことは何も語っていなかった。」

 

「シーラは季節労働者用キャンプの一部屋だけの小屋で、父親と二人で暮らしていた。家には暖房も水道も電気もなかった。母親は二年前に彼女を捨て、下の息子だけを連れて家を出ていた。(略)


シーラが生まれた時、父親は三十歳だったが、母親はまだ十四歳で、無理やり結婚させられた二か月後にシーラを産んだのだった。気の重い驚きに私は頭を振った。

母親はいまでもやっと二十歳ではないか。彼女自身まだ子供と言ってもいいくらいだ。」


「これら二つの査定のうしろに、群の顧問精神科医が”慢性的幼児期不適応”と一言メモをつけていた。これには思わず笑ってしまった。なんともずるい結論を出したものだ。

この結論が私たちみんなのどんな役に立ってくれるというのか。シーラの過ごしてきたような幼児期に対する唯一正常な反応といえば、慢性的不適応しかないではないか。

こんなめちゃくちゃな人生にもし適応できたとしたら、それこそその子が精神異常であることの証拠ではないか。」


「決して泣かない。私はこの箇所で目を止め、もう一度読み返した。一度も泣いたことがない?まったく泣かない六歳児など考えられなかった。」

 

「私はファイルとそこに書かれているばらばらの情報をじっと見つめた。この子を愛するのは容易なことではなさそうだ。この子はかわいくないことばかりしている。」


〇愛するってどういうことだろう…とよく思います。「自然に」そうなって愛してしまうのが愛するってことで、愛そうと意識して愛するのは愛している「ふり」にしかならないのではないか、と思ったりします。

でも、このトリイさんは「意志的に」愛することが出来ると考えているようです。そこがいつも私とは違うなぁと感じます。


「あの敵意に満ちた目の奥には、人生など誰にとってもおもしろいものではないということ、そしてこれ以上拒否されない最良の方法は、自分自身をできるだけ人から嫌がられるようにすることだということをすでに学んでしまった小さな女の子がいた。」


「今年まではずっと畑で働いてきて、いまも妻と二人の息子と共に季節労働者用キャンプにある小屋で暮らしているアントンは、私の担任の子供たちの生まれ育った世界を私よりずっと本能的に知っていた。

私は訓練も受けているし、経験も知識もある。だがアントンには天性の勘と知恵が備わっていた。」


「だがアントンと同じく、ウィットニーにはそれだけトラブルが続いてもいてもらうだけの価値があった。彼女は子どもが大好きだった。」


「私たち三人全員はじかれたように彼女の後を追って、別館につながるドアに向かって走った。ふつう昼食時間の間は、昼食補助員たちが子供たちの面倒を見てくれることになっている。」


〇「フランスはどう少子化を克服したか」にも昼食補助員とか、休憩時間の補助員とかの話がありました。日本には、そのような補助員はいません。


「シーラが水槽のそばの椅子の上で挑みかかるように立っていた。どうやら金魚を一匹ずつつかまえては鉛筆でその目をくりぬいているようだ。七、八匹の金魚が椅子のまわりの床で、目をつぶされてのたうちまわっていた。」


「アントンが彼女の後を追った。この驚きの一瞬を利用して、私はシーラの鉛筆を取り上げようとした。が、彼女は私が思っていたほど気を抜いてはいなかった。

シーラはものすごい勢いで鉛筆を私の腕に突き立てたのだ。鉛筆は私の腕に刺さり、一瞬ぶるんとゆれてから、床に落ちた。」

 

「まだ発作にあえいでいるピーターのかたわらの床にすわりこみながら、私は自分の上にのしかかってきつつある圧力を感じていた。すべてはあっという間の出来事だった。あれほど一生懸命に維持しようとがんばってきたわずかながらのコントロールを、みんなが失ってしまっていた。」

 

 

 

「私はかわいそうなギレアモーをテーブルの下から引っ張り出して、抱きしめた。目の見えないギレアモーにとって、この騒ぎがどんなに恐ろしかったことか…。アントンはまだスザンナ・ジョイをなだめようとしていた。

一応の平静をとりもどしたようになると、タイラーとセーラは自分たちから話し合いのコーナーに行って座り、お互いを慰め合った。だが、ウィリアムはその場に釘付けになったまま、がたがた震えて泣きじゃくっていた。」


「コリンズ校長には一体何が起こったのかを尋ねないだけの分別があった。校長は何を考えているのか分らない顔のまま、ただ私が頼んだことだけをやってくれた。」

 

「自分の持ち場を守りながら、ウィットニーの頬にはとめどなく涙が流れていた。そんな彼女の姿を見て、私は胸が痛んだ。これは十四歳の子供には重すぎる任務だった。彼女にこんなことを任せるべきではなかったのだ。」


〇ウィットニーは、中学生で補助員のような立場にいると書かれていたと思います。
何をやっても失敗ばかりの人で、補助員というよりも、ここの子供の一人のようだ、とも書かれていました。

ウィットニーも何か事情があるのかもしれません。

「どうしていいのかわからなかった。(略)

もし私が彼女をここに閉じ込めたら、これもまた彼女をますます理不尽な行動に追い立てることになるだろう。とにかくこの子をリラックスさせ、自制心を回復させなければならなかった。

このままの状態では危険すぎる。こんなに小柄で幼い子供ではあるが、この状態に置いておけば彼女が、私に対してでなければ、彼女自身に対して非常に危険なことをしかねないことが、私には経験上わかっていた。」


「そして、半分になった体育間で二人だけになると、私はできるだけ彼女に近づき、床に腰を下ろした。

私たちはお互い見つめ合った。彼女の眼は狂ったような恐怖にぎらぎら光っていた。体が震えているのがわかった。

「あなたを傷つけるようなことはしないわ、シーラ。痛い目になんか合わせないから。あなたが怖くなくなるまで、ここで待っているだけよ。それから一緒に教室に戻りましょう。私は怒っているのではないのよ。ここで待っているだけよ。それから一緒に教室に戻りましょう。私は怒っているのではないのよ。あなたを傷つけたりもしないから」

何分かが過ぎた。私は座ったままでさっと腰を前に動かした。彼女は私をじっと見つめている。彼女の身体全体におののきが走り、やせた肩が震えるのが見えた。それでも彼女は動かなかった。

私は彼女のことを怒っていた。すごく怒っていた。私たちがかわいがっていた金魚が、目をえぐられて床でのたうち回っているのを見て激怒した。動物に残酷な仕打ちをすることには我慢ならなかった。

だが、いまでは怒りは薄れ、彼女を見ているうちに憐れでたまらなくなってきていた。この子はすごく勇敢だった。怖がり、疲れ果て、不快な状態にあるのに、それでも降参しない。彼女を取り巻く世界は非常に信頼のおけない世界だった。

その世界に彼女は唯一自分が知っている方法で立ち向かっているのだ。」


〇昔、野良猫を拾って、六畳間で一緒に眠って家猫になってもらおうと頑張った時のことを思い出しました。野良猫は一晩中、何日も何日も鳴きながら歩き回って、それでもちゃんと餌を食べ、眠り、隙を見て逃げようとし、生き延びようと頑張っていました。

その猫を見ながら、尊敬の気持ちが湧き上がったことを思い出しました。
たった一人で、小さな身体で、世界と戦っている、と感じました。
勇敢だと思いました。私に真似できるだろうか、と。

「自分よりずっと大きく、力も強く、権力も持っている私たち全員に、ひるむことなく、言葉を発することもなく涙も見せずに立ち向かうとは、なんと勇気のある子供だろう。」


「三メートルの距離をはさんで永遠とも思える時が流れた。私たちは待った。彼女の目から凶暴さが薄れ、疲労がそれにとってかわった。私はいま何時だろうかと思ったが、時計を見るために腕を動かすことを恐れた。そのまま私たちは待った。


彼女のオーバーオールの前の色が濃くなり、足元におしっこの水溜りができた。彼女は初めて私から目を離して、足元をみつめた。そして下唇を噛んだ。再び私の方を見た彼女の目には、いま起こったことに対する恐れがありありと浮かんでいた。


「しかたないわ。トイレにいく機会がなかったんですもの。あなたが悪いんじゃないわ」と私はいった。教室であれだけの大騒ぎをやらかしたあとだというのに、彼女が後悔しているのはこの失禁のほうだということが、私には驚きだった。」

 

「「あとをきれいにすればいいのよ」と、私はいった。「こういうことが起こったときのために、教室に雑巾があるの」
彼女は再び下を見てから、私に視線をもどした。私は黙ったままでいた。彼女は状況がよりよく見えるように、用心深く一歩下がった。
「あたしをぶつ?」彼女はしゃがれ声で聞いた。

「いいえ。私は子どもをぶつようなことはしないわ」
彼女は眉をひそめた。

「掃除するのを手伝うわ。他の誰にもいわなくていいからね。私たちだけの秘密ってことにしておきましょ。だって、しかたなかったんですものね」

「こんなことやる気はなかった」
「わかっているわよ」
「あたしを、ぶつ?」
私はおおげさに肩を落とした。「いいえ。シーラ。私は子どもをぶったりしないわ。さっき一度いったでしょ」

彼女は自分のオーバーオールを見た。「おとうちゃんは、あたしがこんなことをしたのを見ると、ひどくぶつよ」
こういうやり取りの間、私はこのもろい関係が壊れるのを恐れて、じっとその場から動かずにいた。」

 


「なれなれしくし過ぎて彼女を怖がらせたくなかったが、私が彼女のことを気にかけていることはわかってほしかった。」


「この場所にいると彼女の臭いがもろに私に襲いかかってきた。「明日はもっとよくなるわ。いつも最初の日がいちばんきついものよ」彼女が頭の中で何を考えているのかを少しでもわかろうと、私は彼女の目の表情を読もうとした。

一時的にせよ、あからさまな敵意はなくなっていた。だがその他に何の表情も読み取ることはできなかった。」


「口の中で親指をぐるぐる回してから、シーラは私から目をそらせてアントンの方を見た。解散の時間まで私は彼女のそばにいた。」

 

「仕事が終わって家に帰ってから、私は鉛筆で刺された傷を洗い、バンドエイドを貼った。それからベッドに横になって泣いた。」