読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

ホモ・デウス (上) (第3章 人間の輝き)

「第2部 ホモ・サピエンスが世界に意味を与える

 

第4章 物語の語り手

 

オオカミやチンパンジーのような動物は、二重の現実の中で暮らしている。一方で、彼らは木や岩や川といった、自分の外の客観的なものをよく知っている。他方で、恐れや喜びや欲求といった、自分の中の主観的な経験も自覚している。

 

 

それに対して、サピエンスは三重の現実の中で生きている。木や川、恐れや欲求に加えて、サピエンスの世界にはお金や神々、国家、企業についての物語も含まれている。(略)

 

 

人間は自分たちが歴史を作ると考えるが、じつは歴史はこうした虚構の物語のウェブを中心にして展開していく。個々の人間の基本的な能力は、石器時代からほとんど変わっていない。それどころか、もし少しでも変わったとすれば、おそらく衰えたのだろう。(略)

 

 

実際に神々が自らの業務を行っていたわけではないことは言うまでもない。理由は単純で、彼らは人間の創造の中以外のどこにも存在しなかったからだ。日々の活動は神殿の神官たちが管理していた(グーグルとマイクロソフトが、血の通った人間を雇って自社の業務を管理させる必要があるのとちょうど同じだ)。

 

 

 

ところが、神々がますます多くの資産と力を獲得するにつれ、その管理は神官たちの手に負えなくなった。彼らは強大な天空の神や全地の女神の代理ではあったものの、彼ら自身は誤りを犯しがちな生身の人間にすぎなかったからだ。(略)

 

 

これが大きな理由の一つとなって、世界の他のどの場所とも同様、シュメールでも人間の協力ネットワークは、農業革命から何千年も過ぎた後でさえ、さして拡大できなかった。地上には、巨大な王国も、広範な交易ネットワークも、普遍的な宗教も、一つとしてなかった。

 

 

 

この障害がついに取り除かれたのは、シュメール人が書字と貨幣の両方を発明した、およそ五〇〇〇年前だった。同じ親から同じ時に生まれた、書字と貨幣というこの結合体双生児は、人間の脳によるデータ処理の限界を打ち破った。(略)

 

 

 

他のどんな人間とも同じで、ファラオも生物学的な肉体や、生物学的欲求、欲望、情動を持っていた。だが、生物学的なファラオにはほとんど重要性がなかった。ナイル川流域の真の支配者は、何百万ものエジプト人が互いに語り合う物語の中に存在する想像上のファラオだったのだ。(略)

 

 

 

ファラオとまさに同じで、エルヴィスも生物学的な肉体や、生物学的欲求、欲望、情動を持っていた。エルヴィスは食べ、飲み、眠った。とはいえエルヴィス

生物学的な肉体をはるかに超える存在だった。ファラオ同様、エルヴィスは物語であり、神話であり、ブランドだった。そしてそのブランドは、生物学的な肉体よりもずっと重要だった。(略)

 

 

 

書字が発明される前、物語は人間の脳の限られた容量の制約を受けていた。(略)人間の頭に収める代わりに、粘土板やパピルスなどに保存すればいいからだ。(略)エルヴィス・プレスリーは自分の名前で結ばれた契約など、全部は読みさえしなかった。欧州連合の法律や規制のすべてに通じている人は誰もいない。そして、世界中のお金を動きを一ドル残らず把握している銀行家もCIAのエージェントもいない。それにもかかわらず、これらの細目は残らずどこかに記されており、関連文書の全体が、ファラオやエルヴィス、欧州連合、ドルのアイデンティティと力を決めている。

 

 

 

このように書字のおかげで、人間は社会をまるごとアルゴリズムの形で組織できるようになった。(略)読み書きのできない社会では、人々はあらゆる計算や決定を頭の中で行なう。一方、読み書きのできる社会では、人々はネットワークを形成しており、各人は巨大なアルゴリズムの中の小さなステップでしかなく、アルゴリズム全体が重要な決定を下す。これこそが官僚制の本質だ。(略)

 

 

 

このアルゴリズム構造があるおかげで、当番の受付係や看護師や医師が誰であるかは問題でなくなる。彼らの性格タイプや政治的見解やそのときどきの気分は関係ない。誰もが規定と手順に従っているかぎり、あなたが治してもらえる可能性はとても高い。

 

 

 

アルゴリズムの理想によれば、あなたの運命は、たまたまあれやこれやの職を占めている生身の人間の手ではなく、「システム」の手に委ねられている。

病院に当てはまることは、軍隊や刑務所、学校、企業にも、そして古代の王国にも当てはまる。(略)

 

 

 

古代エジプトでも、ほとんどの決定は一人の賢人ではなく、パピルスに記された石に刻まれたりした文書通じてつながった役人のネットワークが下していた。このネットワークは、生き神のファラオの名において活動し、人間社会を再構成し、自然界を造り変えた。(略)

 

 

たとえば紀元前一八七八年から紀元前一八一四年まで親子二代にわたってエジプトを治めたセンウセレト三世と息子のアメンエムハト三世という二人のファラオは、ナイル川をファイユームの谷の湿地につなげる大規模な運河を掘った。ダムや貯水池、副次的な運河から成る複雑なシステムによって、ナイル川の水の一部をファイユームに回し、五〇〇〇億立法メートルの水を貯める巨大な湖を造った。

 

 

比較のために言うと、アメリカ最大の人造湖であるミード湖(フーヴァーダムによってできた)の最大貯水量は、三五〇億立法メートルだ。

ファラオはファイユームの土木事業によって、ナイル川の水量を調節したり、壊滅的な洪水を防いだり、旱魃の時に貴重な水を供給した救援したりする力を得た。さらに、この事業のおかげでファイユームの谷は、不毛な砂漠に囲まれた、ワニがうようよする湿地から、エジプトの穀倉地帯に生まれ変わった。(略)

 

 

 

センウセレト三世とアメンエムハト三世の時代には、エジプト人はブルドーザーもダイナマイトも持っていなかった。(略)エジプト人がファイユームの湖とピラミッドを建設できたのは、地球外生物の助けがあったからではなく、卓越した組織力を持っていたからだ。

 

 

ファラオは読み書きのできる何千もの官吏を頼みに、何万もの労働者と、彼らを何年も続けて養える食糧を調達できた。何万もの労働者が数十年にわたって強力えば、石器を使ってでさえ、人造湖やピラミッドを建設できる。

もちろんファラオ自らは、何一つしなかった。(略)だがエジプト人は、ナイル川流域を壊滅的な洪水や旱魃から掬えるのは、生き神のファラオとその守護神セベクへの祈りだけだと信じていた。彼らは正しかった。(略)

 

 

 

想像上の存在がものを建設したり人を支配したりすると考えるのは、奇妙に思えるかもしれない。だが今日、私たちは日頃から、アメリカが世界初の核爆弾を製造したとか、中国が三峡ダムを建設したとか、グーグルが自動走行車を造っているとか言っている。それならば、ファラオが貯水池を造ったとか、セベクが運河を掘ったとか言ってもおかしくないではないか。」