読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

死にゆく人のかたわらで

「すばらしきテイジンさん

 

亡くなる前の日、息苦しいというので”テイジンさん”に持ってきてもらっている酸素吸入器を、五リットルのものから七リットルのものにかえてもらうことになった。

この酸素吸入器というのは、数多の我が家に持ち込んだもののうち、というか、介護保険医療保険の仕組みの中で持ってきてもらったもののうちで、私が最も感動したもののひとつである。(略)

 

 

酸素吸入器、というのだから、酸素ボンベが我が家にやってくるのだと思っていた。病院のようにきちんと酸素供給システムがつくられているわけでもないから、いわゆる、「ボンベ」が来るのだと思っていたのだ。(略)

 

 

最後に、あの、ボンベはどこですか、酸素ボンベは酸素がなくなったら交換しなければならないですよね、と訊く私に、「あ、この機会は、ですね、空気中の酸素を集めて、それを患者さんに届けているわけですね」とテイジンさんは、のたもうた。

 

すごい機械ができているのだ。知らなかった。もちろんこの空気中に酸素があることくらい、わたしたちはみんな吸って生きているのだし、適切な理科教育も受けているし、知っていた。しかしその空気中の酸素を集めて、患者さんに届けるような機械ができているとは。しかもそれが、わたしが一人で運ぶには重たいとはいえ、小型のシュレッダー程度の大きさの、家庭で使用可能な程度の重さと大きさになっているとは。(略)

 

 

織物メーカー帝人は見事に業種転換なさっているわけである。日本の企業の底時からと技術力を見せつけられた気がした。(略)

 

 

九時間前のこと

 

(略)

しっかりおしっこをしたのだが、そのあと、ポータブルトイレから立ち上がろうとすると、立ち上がれない。立ち上がらせようとしても力が入らない。顔色もよくない。おしっこをするまではしっかりしていたのだが。さすがにこれはまずい、と思った。しばらくポータブルトイレに座っていたのだが座る位置がずれてきて、白目をむきはじめたので、慌てて運ぼうとする。(略)

 

 

午後三時すぎごろ、先生と師長さん、両方、私服で来られる。うーん、これは苦しそうですね、痰を吸引しましょう、ということになる。一日中痰を吐き続けていたのに、それが吐けなくなっているので息が苦しそうなのである。(略)

 

 

オプソが飲めますか、と聞かれ、二包飲ませる。このときはまだ、オプソという液体の麻薬系の痛み止めの頓服を飲むほどに、本人は反応していた、ということである。そのあと息苦しさもなくなったようだ。亡くなる九時間ほど前のことだった。

 

 

痛み止め使用のさじ加減

 

麻薬系の痛み止めは量の調節が難しいんですよね、と主治医の新田先生は言う。このガンの麻薬系の痛み止め、というのはオキシコンチン、オキノーム等の商品名がついているオキシコドン系と呼ばれる薬である。これが開発されてずいぶんとガンの疼痛緩和が進み、自宅でも使いやすいため、自宅療養も進んだ、と言われる薬である。(略)

 

しかし、実際に出て来たガンの痛み止めの「パッチ」は、小さな二センチ四方くらいの、透明なフィルムであった。まず、とてもとても小さい。そして貼りやすい。そして、はがれにくい。そして、邪魔にならない。そして、十分に効果がある。なんとすばらしいものを研究開発してきたのかと、薬剤業界の方々に頭を垂れるばかりなのであった。

 

 

痛みを調節することの大切さは言うまでもあるまい。夫もいつも「死ぬのは仕方ないが、痛いのはごめんだ」と言っていた。これを読んでおられるみなさんもきっとそうであろう。家で死にたいが、痛いのはいやでしょう。家族としても、自分の大切な人が痛みで苦しむのを見たくはあるまい。自宅でも痛みの緩和はできる、ということを聞いていたからこそ、我が家も自宅での看取りに踏み切ったのだ。

 

 

 

この痛み止めは痛みを調節するのみではなく、「息苦しさ」も抑えることができるので、うまく使うと、いま、夫が経験しているような息苦しさも抑えられるらしい。しかし、痛みも息苦しさも抑えようと、痛み止めを増量すると、痛み止めの増量自体による呼吸停止が起こってしまうこともある。

 

 

自宅で過ごしている末期ガン患者は、実は、この痛み止め自体による呼吸停止で亡くなることもかなりあるらしい。だからそのあたりがドクターと、常に見てくれているナースの、さじ加減と判断が重要になるわけだ。家で実際に看取っているものの身になれば、できるだけ「痛くなく」「苦しくなく」生を全うさせてやりたいと思うから、痛み止めはもちろん「ばんばん」使ってやってほしいのだが、それで呼吸停止も起こり得るわけだから、うーん、本当にむずかしい。(略)」

 

〇 「テイジンさん」の酸素吸入器については、私もすごいと思いました。