読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

解説 ―「人生の調子」はいかがですか

〇 江 弘毅氏による解説からも、一部だけメモします。

 

「二〇〇一年の初夏、わたしは内田樹せんせに出会った。(略)

熱帯系の観葉植物か昆布やワカメのようなモノを描いた絵がたくさん並んでデザインされている一風変わった表紙には、細い教科書体のような書体で「ためらいの倫理学ー戦争・性・物語」と題名が書かれていた。

 

「これはなんだ」と手に取ってパラパラめくる。もちろん立ち読みだったが、何の前触れもなくこういうフレーズがいきなりわたしに入って来た。

 

<徹底的に知的な人は徹底的に具体的な生活者となる。そこしか人間の生きる圏域はないということを知っているからである。哲学者は「物語」の渦巻く俗世間に別の「物語」をたずさえて戻って来る。

 

けれど、それは「どこかに<真理>という終点があるはずだ」という儚い希望を完全に切り捨てた、深い、底なしの、終わりのない「物語」である>

 

 

私は即座にその書籍を街場に持って帰って友人たちとむさぼり読んだ。(略)」

 

 

〇 これで、内田樹著 「こんな日本でよかったね ー構造主義的日本論」のメモを

終わります。

 

 

文庫版のためのあとがき

〇こちらのあとがきからは、少しだけメモします。

 

「この本に伏流しているのは「そんなに変化を急がない方がいいんじゃないの」という気分です。(略)」

 

 

「社会の競争的再編によって弱者が利益を得る可能性はきわめて低いことは誰にでも推論できるはずなのに、私の記憶する限りでは、日本国民のほぼ八〇%が(明らかな社会的「弱者」たちを含めて)、このワイルドなルールの導入に諸手を挙げて賛同したのでした。(略)

 

 

ですから、今日私たちが直面している社会的問題は多岐にわたりますけれど、その責任の少なくとも一端(どころじゃないと思うけど)はこの時期に「弱肉強食・適者生存」ルールに基づく社会のラディカルな再編に熱く同意された日本の有権者にあると私は思っています。(略)」

 

 

「社会制度のうち、もっとも本質的なものはその起源が知られていません。言語も、親族制度も、交換も、私たちはその制度の起源を知りません。神話や呪術や通過儀礼や葬礼がどうして世界中の社会集団にあるのか、その理由も私たちはうまく説明できません。

 

 

そういう「太古からあるもの」、言い換えれば「それがあることで人間が人間になったもの」については、それが合理的であるとかないとか、収益率がいいとか悪いとか、政治的に正しいとか正しくないとか、そういう賢しらなことはあまり言わない方がいいというのが私の考えです。

 

 

もちろん、どうしてそういう制度が存在するのかについて学問的に考究するのは有用なことですけれど、考究すれば「わかる」というものではありません。私がこの本で言いたかったことは、その出自や機能がよくわからない社会制度に対して、私たちはもっと「謙虚」になった方がいいのではないかということです。(略)」

 

 

「私が提唱しているのは、「系譜学的に思考する」ことです。ある社会制度がうまく機能していない時、いきなり「ぶっこわせ」と呼号したり、「最善のソリューションはこれである」と非現実的な夢想を語り出すのを少しだけ自制して、「このような制度が採用されるに至った」時点まで遡及し、そして、そのときのリアルタイムで「ほかにどのような選択肢があったのか」を(想像的に)列挙してみること、それがさしあたり私が心がけていることです。

そういう知的な自己訓練のために日々のブログに書いた文章が本書には収録されています。(略)

 

                  二〇〇九年七月       内田樹

 

 

 

あとがき

「最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。

自分で言うのもなんですけれど、なかなか面白かったですね(今、私もゲラを通読したところなのです)。

 

 

「まえがき」に書いたように、この本のコンテンツはすべてブログ日記から採ったものです。ブログ日記はだいたい毎朝起きてすぐに書きます。コーヒー片手に、ディスプレイの前にぺたりと腰を下ろし、前の日のできごとを備忘のためにメモしたり、新聞記事についてコメントしたり、前夜読み終えた本の感想を書き付けたりしています。

 

 

そういう雑多な書き物の中から編集の安藤聡さんが「教育、家族、国家」といったトピックを選んで編纂してくれたのが本書です。「構造主義的日本論」とありますように(このタイトルは安藤さんが考えたものです)、テクスト選択の基準は構造主義的な「切り口」というあたりにあったようです。(自分の本なのに「ようです」というのも変ですけど)。

 

 

でも、「構造主義的」って、どういうことなんでしょうね?(略)

私の考え方や書き方のどこらへんが「構造主義的」に見えたのか、それについて思うところを述べて「あとがき」とすることにします。

 

 

 

構造主義というのは一九五〇ー六〇年代フランスを発信源としたいくつかの学術分野(クロード・レヴィ・=ストロースの構造人類学ロラン・バルト記号論ミシェル・フーコーの社会史、ジャック・ラカン精神分析など)に共通していた、ある種の知的な「構え」のことです。

どういう「構え」か、一言で言うと、「自分の判断の客観性を過大評価しない」という態度です。(略)

 

 

「自分の判断の客観性を過大評価しない」というのは、言い換えると、「自分の眼にはウロコが入っているということをいつも勘定に入れて、「自分の眼に見えるもの」について語る」ということです。

私たちは全員眼に「ウロコ」が入っています。それが私たちの視覚像を歪め、汚しています。これには例外がありません。ですから、私たちの眼に「世界はそのように見える」ということと「世界は現にそのように存在する」ということは、論理的にはつながりません。

 

 

 

「だったら、ウロコを外せばいいじゃないか」と気楽な事を考える人がいるかも知れませんが、そう簡単にことが済むなら誰も苦労はしません。

「ウロコ」というのは角膜に癒合していて、それなしにはものを見ることができないような仕方で深く身体化された、私たちの世界認識の形式のことです。コンタクトレンズのように「ほい」と外せるなら、そんなものを「ウロコ」とは呼びません。

 

 

私たちは全員がそれぞれの「ウロコ」を通じて世界を認識しています。私は私の「ウロコ」を通じて、あなたはあなたの「ウロコ」を通じて。どちらの「ウロコ」が透過度が高いとか、屈折率が鉢の頭とか論じても、あまり意味はありません。

 

でも、「ウロコ」が目から剥がれないのなら、すべての人間はそれぞれが妄想的に作り上げた虚像を観ており、世界経験に共通の基盤はありえないのだ……と虚無的になるのは早とちりです。私たちの世界像がどのように歪み、汚れていても、だからといって世界はまったく不可知であるわけではありません。

 

 

「私のウロコを通じて見える世界」と「あなたのウロコを通じて見える世界」を突き合わせて、その異同の検証を通じて、直接的には誰も見ることのできないはずの「現実」を、再構成することは(論理的には)可能だからです。

 

 

もし、複数の、いろいろなタイプの「ウロコ」を通じて、高い頻度で同一の像が出現する場合、これは人間たちに「類的」に与えられた像ではないかと推論することができます。区々たる社会集団の差異を超えて、人類全体に共通する「視野の歪み、視像の汚れ」は(「人間世界地域限定」という条件付きで)「あるがままの自然」として取り扱うことができます。

そうですよね。

 

 

 

その逆に、社会集団ごとに見え方の違うものは「地域的なもの」と見なすことが出来ます。

たとえば、「貨幣」というのはかなり汎通性の高い類的制度です。財貨サービスの交換いて、その価値を計量する共通の度量衡を持たない社会集団は知られる限り存在しないあです。

 

でも「通貨」は違います。ある国の通過は他の国では使用できませんし、手形やネットバンキングのようなシステムを持たない社会に住む人々に、数字を書いた紙や電磁パルスが貨幣として機能することを理解させることはほとんど不可能でしょう。(略)

 

 

ですから、私たちが日々用いている「貨幣」のうちには、「広く人間一般に妥当する人類学的な価値」と「特定の共同体内でのみ通用する民族誌的な価値」が重畳していることになります。

この辺がややこしいところです。

 

 

私たちがそれぞれの「ウロコ」を通じて眺めている世界の像のうちには、「みんなにもそう見えているもの」と「自分だけにそう見えているもの」が重なり合っています。

私たちが自分の経験の客観性をつい過大評価してしまうのは、「自分だけにそう見えているもの」と「みんなにもそう見えているもの」の相当部分が「かぶっている」と同時に「ずれている」からです。

 

 

たとえば、野球とサッカーとラグビーというのはぜんぜん違うスポーツです。けれども、これを「ボール・ゲーム」として見た場合には、種別を超えて「繰り返し同一の像」が出現するレベルがあります。

 

 

たとえば「ボールはフェア(生きている)であるかファウル(死んでいる)であるか、どちらかである」「ボールを相手の管理するエリアに送り込むことで「善いこと」(点数)が達成する」「ボールをダイレクトに自チームのプレイヤーに送ってはならない(必ず「相手に干渉されて、奪われる」チャンスを確保しなければならない)」などのルールはいずれの種目にも共通しています。

 

 

とすると、これらのルールは「類的な」水準にあると推論することができます。でも、プレイヤーが九人であるとか一一人であるとか一五人であるとか、グラウンドの形態やサイズなどは種目ごとにいくらでも変更可能ですから、これは「ローカルな」あるいは「民族誌的な」水準に置くことができます。

 

 

つまり構造主義的なものの見方というのは、私たちの日常的な現象のうち、類的水準にものと、民族誌的水準にあるものを識別する知的習慣のことであると言えるのではないでしょうか。

 

 

とりあえず、私はそんなふうに考えています。

この本の中で、私はさまざまなトピックを扱っていますが、基本的な構えはだいたいどれについても一緒です。それは、どのような現象についても、その現象を構成するファクターのうち「類的な水準」に置かれるべきものは何かを問うことです。たぶん、そうなっていると思います。

 

 

もちろん、そのせいでしばしば「針小棒大」「大山鳴動して鼠一匹」ということも起こりますけれども、それはそれ、「コラテラル・ダメージ」ということでどうぞご海容願いたいと思います。(略)

   二〇〇八年五月           

                           内田樹

 

〇最後に読んだこの

「私たちは全員眼に「ウロコ」が入っています。それが私たちの視覚像を歪め、汚しています。これには例外がありません。」

という文章が、今回読んだこの本の中で一番嬉しい文章でした。

 

もし、そう全員が考えれば、世の中の話し合いはどれほど思いやり深い、理性的なものになるか…と思います。でも、こう考えない人もいる。つまり、そう見えるのは、内田氏の眼の「ウロコ」によるもので、私の眼(のウロコ)によるとそのようなウロコはない。私には、世界がはっきり見えている。私の世界観は歪んでも汚れてもいない、という人が出てくるので、議論がかみ合わなくなる。

 

ここを読みながら、思い出したのは、あの「一緒にいてもひとり」の本の文章です。

 

 

「サボテンには別の愛情の示し方があると知って私も大喜びした。

寒々しい孤独を感じていたころ、本当はあなたに大事にされていた。

私にはわからなかっただけ。

サボテンの本はたくさんある。でもバラの専門書はない。

約束しよう、サボテンが何を欲しがり、何を喜ぶのか、あきらめずに

わかろうとすることを。」

 

〇互いに違う見え方がしているのだ、ということを受け入れると、「あきらめずにわかろうとする」努力が始まるのだと思います。

この眼のウロコの話が、とても分かりやすく良かったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェミニンな時代へ

朝の礼拝で新任教員のみなさんのご紹介がある。

新任は九人。

アメリカ人が二人、イギリス人が一人、中国人が一人、ロシア人が一人、日本人が四人(全員女性、うち一人はカナダ在住)。

日本人男性の新任教員が一人もいない。

これは(日本人男性には)たいへん申し訳ないけど、「徴候的」な風景だと思う。

 

 

公募の場合、倍率一〇〇倍を超えるポストもあった。最終選考に残った候補者の「全員が女性」という話をいくつか聞いた。

これは私たちの社会のこれからのあり方をかなり先駆的なしかたで予兆するものだろうと思う。

社会的能力の開発において、どうやら性差が有意に関与し始めている。(略)

 

 

話をしているうちに、私は必ず観念奔逸状態になって、わけのわからないアイディアをうわごとのように繰り出す。

男性編集者はこれをあまり好まれない。

苦笑いして聞き流し、「で、話はもとに戻りますが…」と仕切り直しをしようとする。

 

 

 

女性編集者はまずそういうことがない。

話が脱線に脱線を重ねることを厭わない。(略)

 

 

彼女たちは、私に原稿を書かせようとやってきて、ぜんぜん違う人にまるで違う原稿を書いてもらう企画を私から聞き出して満足げに帰ってゆく……というようなことが間々ある。

男性編集者でも私が「たいへん優秀」と評価している方々は総じて「おばさん」体質である(誰、とは申しませんが)。

だんじりエディターとかワルモノS石さんは外形的にはマッチョ系であるが、実は意外やフェミニンな内面の人なのである。

 

 

 

これからは「女性の時代」になるであろうと私は先般日経のエッセイに書いた。

それは「フェミニズムの時代」が到来するということではない(それはもう来ないことがわかっている)。そうではなくて、「フェミニンな時代」が到来するということである。

 

 

これはおそらく地殻変動的な水準で起きていることで、個人の決断や努力でどうこうなるものではない。(略)

嫌韓流」というムーブメントが圧倒的な仕方で噴出した韓国文化への愛着への反動であるように、「改憲」や「ナショナリズム」は、この「フェミニンな日本」への怒濤のような趨向に対する必死の抵抗の徴候であるように私には思われる。

 

 

 

いま女性が男性を評価するときの社会的能力としていちばん高いポイントを与えるのは「料理ができる」と「育児が好き」である。

この一週間、私は「オールイン」に感溺しているが、イ・ビョンホンがいちばん美しく見えるのは、後ろ回し蹴りですぱこーんとワルモノを蹴り倒す場面ではなく、「愛している」と言えずに「つーっ」と涙が頬を流れるときの「やるせない」表情である。

そうなのだよ諸君。

 

 

 

共同体が求めているのは「泣くべき時に正しい仕方で泣ける」ような情緒的成熟を果たした男なのであるが、そのようなやわらかい感受性をもった男性をそだてるための制度的基盤を半世紀にわたって破壊してきたことに私たちは今さらながら気が付いたのである。

 

 

アメリカの黄金時代が、アメリカの若者たちがすぐにべそべそ泣く時代であったように(ジョニー・ティロットソンとかボビー・ヴィーとか、泣いてばかりいた)、日本はこれから「泣く男」をもう一度つくり出せるようになるまで劇的な社会的感受性の変化の地層を通り抜けることになるであろう。

うん。

 

 

四月二七日付の毎日新聞によると、社会経済生産性本部が行った二〇〇六年度の新入社員への意識調査に興味深い結果が示された。

終身雇用を望むものが四〇%を超えたのである。

その一方、「社内出世よりも独立・起業」を望むものは二〇%。これは三年連続での減少である。

 

 

プロモーションシステムとして「年功序列」を望むもの三七%(これも調査開始の九〇年いらい最高)、成果給を希望する者は六三%だが、これは過去最低の数値。

仕事の形態として望ましいのは「チームを組んで成果をわかちあう」スタイルを望むものが七九%。

「個人の努力が直接成果に結びつく」はわずか二〇%。(略)

 

 

 

大人たちが感知できない地殻変動を子どもの方は感じ取る。

なにしろ彼らにしてっみれば、「潮目の変化」は命がけの大事である。

「これまでの主張との整合性」とか「政治的正しさ」とか「統計的裏付け」とか、そんなものは知ったことではない。

明日の米びつの心配をしている時に他人の説教なんかのんびり聴いてはいられない。

 

 

少し前までは「スタンドアローン」と「フリーハンド」と「責任の回避と利益の独占」が戦略として推奨されていた。(略)

でも、そういう生き方をする若者(もう上の方は中年だが)がマジョリティを占めるようになり、「自分探し」というようなことを中教審が言い出すところまで話が凡庸化すると、今度は「裏に張る」方が生存戦略上有利になる。

そういうふうにしてつねにトレンドは補正される。

 

 

 

セーフティネットのないハイ・リスク社会では、「自己決定・自己責任」に代わって「集団に帰属して、そこに集約される利益の再配分に与る」方が受益機会が多いということが彼らにもわかってきた。(略)

 

 

彼らはいずれ一人の配偶者と長期的に安定した性関係を取り結ぶ方が、性的にアクティヴであり続けるよりも売るものが多いことにも気が付くだろう。(略)

 

 

そうやってゆくと、このあと二一世紀の中ごろに日本は「一九五〇年代みたい」になるような気がする。

生活は貧しいし、国際社会でも相手にされない三等国だけれど、全員が飢えるとき以外にはひとりも飢えないような暖かい社会。

そんな社会が私が老衰する前に見られると嬉しいのだが

 

 

 

ひとりひとりがその能力に応じて働き、その必要に応じて取る。

のだとすれば、それはマルクスの描いた共産主義社会そのものである。

「フェミニンな共産主義社会」

おそらくこれが私たちの社会がゆっくり向かいつつある無限消失点の先に望見された「ある種の楽園」のイメージなのである。

 

 

 

フェミニズムマルクス主義マルクス主義フェミニズムが「消滅」した後にはじめて、そのような「楽園像」が現出するとはまことに不思議な事である。

というより、フェミニズムマルクス主義は、「フェミニンな共産主義社会」にたどりつくために私たちが通過しなければならなかった過渡期だったと考えるべきかも知れない。

 

 

 

もちろん私にとっての「ある種の楽園」は私以外の多くの人にとっては「ある種の地獄」にほかならぬであろうから、楽園の到来までにはまだまだ超えるべき無数の障碍が待っているのである。

            (二〇〇六・四・一四  / 四・二八)」

 

〇 「生活は貧しいし、国際社会でも相手にされない三等国だけれど、全員が飢えるとき以外にはひとりも飢えないような暖かい社会」

そうなってほしいと、私も願います。

 

こんな文章が読めてとても嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

リセットの誘惑に弱い日本人

「ブログのヒット数が一〇〇〇万を超えた。

一〇〇〇万というのはよく考えるとたいした数である。(略)

 

 

だいぶ以前のことであるが、「フェミニズムはもう終わった」と書いたことがある。

別に終わったわけではなく、まだたいへん意気軒昂であられたのだが、私としてはできるだけすみやかに終わってもらえるといいなあという主観的願望をあえて虚偽の客観的事実認知に託して書いたのであるが、しばらくして取材に来た某新聞社の記者が「フェミニズムはもう終わったわけですが……」と切り出したのにはびっくりした。

 

 

こういうのは「終わったねえ」というような遠い眼をする人が何人かいると、「あ、そうなんだ、終わったんだ……」という信憑が燎原の火のごとくに拡がり、あれよあれよというまにほんとに終わってしまうのである。

 

 

 

だから、思想に対する批判も、もっとも安直かつ常套的なのは「……はもう終わっている」とか「……はとっくに乗り越えられている」という口吻のものであり、事実これはたいへん効果的なのである。

この「……はもう終わった」という宣告にたいへん過敏に反応するのはおそらく日本人がひさしく属邦人であったことによるものと思われる。

 

 

 

属邦人の知的活動の基本構造は「新たな外来知識へのキャッチアップ」だからである。(略)

 

 

日本人のいう「自分らしさ」の追及というのは、自己探求というよりは、どちらかというと「いかに「これまでの自分」から離脱するか」という自己離脱に軸足を置いている。

現に、「自分探し」をする人はだいたいそれまでやっていた仕事を辞め、それまで住んでいた街を離れ、それまで付き合っていた人間と縁を切ろうとするものである。

だかrこれは「自己探求」というよりはむしろ「自己リセット」というに近いであろう。

 

 

 

これは別に悪いことではない。ただし、こんなことを国是としている国は日本以外には存在しない。

だから、日本は「毒の回りが速い」のである。

「リセット」の誘惑に日本人は抵抗力がない。

「すべてチャラにして、一からやり直そうよ」と言われると、どんなことでも、思わず「うん」と頷いてしまうのが日本人の骨がらみの癖なのである。(略)

 

 

 

 

それはそれまでの自分のありようを弊履を捨つるがごとく捨てるのが「自分らしさの探求」であり、「自己実現」への捷径であると私たちが信じているからである。

繰り返し言うが、こんな考え方をするのは世界で日本人だけである。

私はそれを「辺境人性」と呼んでいる。

 

 

私はこの日本人の腰の軽い辺境人性のうちに日本人の可能性と危険はともに存すると考えている。

可塑的であるというのは善いことである。

だが、ことの功罪を吟味せずに「……はもう終わった」で歴史のゴミ箱になんでもかんでも捨ててしまうのは愚かな事である。

 

 

というわけで私がこの数年ご提案しているのは、「「……はもう終わった」が理非の判定に代わる時代はもう終わった」というものである。

私以外にそんな性根の悪いことを言う人間はいないはずなのであるが、最近のメディアの論調を見ていると「「……はもう古い」という言い方はもう古い」とか「何かにつけことの善し悪しを簡単に決めつけるのはよろしくない」というような措辞が散見されるようになった。

 

こういう背理に直面してはじめて、私たちは「自分には背理に耐える論理がない」という事実を知るのである。

知ってどうなるというものでもないが、知らないよりはましである。

               (二〇〇七・七・四)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ、マルクスさんに訊いてみよう

「「気宇壮大」と「荒唐無稽」のあいだに実定的な境界線はない。

第二次世界大戦以前に「戦後、独仏の同盟関係を基軸にしてヨーロッパ連合ができるだがろう」と予測していた人間はごく少数だった(オルテガ=イ=ガセーはそのような予言をなした例外的な一人であったが)。

 

 

同時期に「日米の親密なパートナーシップが今後半世紀以上にわたって世界戦略の基軸となるだろう」と予測した人間もきわめて少数であった。

これらの「ヨーロッパ連合」論者や「日米同盟」論者は、リアルタイムでは周囲の「リアリスト」たちからは「気宇壮大と荒唐無稽を混同するな」と一笑に付されたに違いない。

 

 

しかし、経験が教えるのは、未来予測に関して言えば、「リアリスト」たちはかれらが自負するほどには高得点を上げられていないということである。言い換えると、国際関係のようなあまりに多くのファクターが関与する複雑な系については、「十分なデータとそれを解析する適切な思考力がある人間は、そうでない場合よりも蓋然性の高い予測をする可能性が高い」とhが言えない、ということである。

 

 

なぜ、そのようなことが起きるのか。それについて考えてみたい。

「十分なデータとそれを解析する適切な思考力がある人間」は「そうでない人間」よりも世界政治の方位決定に関与する力が強いわけではない。

「リアリスト」のピットフォールはそのことを認めたがらない点に存する。

 

 

 

愚かしい幻想が合理的な分析よりも強い力を持つことがある。そして、「ほんとうのリアリスト」は、この「愚かしい幻想」三留のもつ政治的なポテンシャルを決して過少評価しない。「愚かしい幻想」を鼻で笑うのは「三流のリアリスト」だけである。

例えば、マルクスはそういう意味で「ほんとうのリアリスト」だったと私は思う。マルクスは「幻想」の力について次のようなみごとな文章を書き残している。

 

 

人間は自分じしんの歴史をつくる。だが、思う儘にではない。自分でえらんだ環境のもとでではなくて、すぐ目の前にある、あたえられ、持ち越されてきた環境のもとでつくるのである。死せるすべての世代の伝統が悪魔のように生ける者の頭脳をおさえつけている。またそれだから、人間が、一見、懸命になって自己を変革し、現状をくつがえし、いまだかつてあらざりしものをつくりだそうとしているかに見える時、まさにそういった革命の最高潮の時期に、人間はおのれの用をさせようとしてこわごわ過去の亡霊おをよびいだし、この亡霊どもから名前と戦闘標語(スローガン)と衣裳をかり、この由緒ある扮装と借物のせりふで世界史の新しい場面を演じようとするのである。

(「ルイ・ボナパルトブリュメール十八日」伊藤新一・北条元一訳、岩波文庫、一九五四年、一七頁)

 

 

マルクスが一八四八年から五二年までのフランスにおける階級闘争の「リアルな」分析を通じて確証した事の重要なひとつは、人間が「いまだかつてあらざりしもの」をつくりだそうとするまさにそのときに、「過去の亡霊」が計ったように出現する、ということであった。

 

 

すぐれた歴史家はその不思議な「回帰性」のことを知っている。

「すべての世界史的な大事件や大人物は二度あらわれるものだ」と看破したのはヘーゲルである。マルクスはそれにこう付け加えた。「一度目はg悲劇として、二度目は茶番いて」

 

 

どうして大きな出来事は「回帰」するのか。その理由を誰もうまくは説明してくれない。たぶん、人間は「自分で思っているほどには創造的でない」のだろう。

いずれにせよ、ある種の「幻想」は回帰する力をもっていることは忘れない方がいい。

合理的ではないけれど起きてしまうことは歴史上無数に存在する。

 

 

フランス革命とナポレオン帝政と王政復古と七月革命という世界史的な変動を生き抜いて、十分な政治的成熟を果たしたはずのフランス市民が選択した政体は、詐欺師まがいの人物を皇帝に頂く「第二帝政」という時代錯誤なものであった。

 

 

第一次大戦の敗北と恐慌とワイマール共和国の破綻と革命闘争の暴発という世界史的出来事に耐えたドイツ市民が選択した政体は、パラノイア的な人物を総統に頂く「第三帝国」というん妄想的なものであった。

 

 

第二帝政」も「第三帝国」もいずれも「荒唐無稽な政治的幻想」であることに私は喜んで同意する。

しかし、「荒唐無稽な政治的幻想であるから、そのようなものが現実化する可能性は低い」という判断には与することができない。現実化してしまったのだから。

 

 

 

そして、私が指摘しておきたいのは、それらがいずれも(「第二」「第三」という名称が示すように)ある種の「回帰性」の幻想に駆動されていたことである。

ロレンス・トーブさんは、近未来に「儒教圏」(コンフューシオ)という政治圏が東アジアに成立することを予測している。そこには中国、台湾、南北朝鮮、日本が含まれる。(略)

 

 

一九四五年から続いた六〇年間にわたる「解離」の時代がひとまず終わって、アジア諸国はふたたび「凝集」の方向に向かっているとトーブさんは見通している。私はそれが持続的な政治圏の構築に至るというところまですぐには楽観的になることはできない。

 

 

しかし、一時的な解離や反発を含みつつ、総体としては「儒教圏凝集」の力学が強く働くという予測を私は支持する。とりあえず理由は二つある。

ひとつは現実的な理由である。

それはアジア諸国の人々が「現状に飽き始めている」ということである。(略)

 

 

 

ふたつめは幻想的な理由である。

政治的状況が流動化するときに大きな力を発揮するのは「回帰性の政治的幻想」である。そのことをマルクスは一五〇年前にただしく指摘していた。

私はトーブさんのいう「儒教圏」はそのような「回帰性の政治的幻想」のひとつでありうると思う。

 

 

一度存在したものは、一度も存在した事のないものよりも現実化する可能性が高い。ものが「幻想」であるから、それが今後どのような消長を遂げるのか、データや数式をもって論じることはできない。ただ、そういう磁力の強い幻想がこれから先アジア圏におけるさまざまな政治的・経済的・文化的な変化に影響するであろうことは間違いない。

 

 

村上龍の「半島を出でよ」には朝鮮半島からきた支配者に嬉々として迎合する日本人の姿が活写されている。

半島からの侵略者たちの侵入経路は二〇〇〇年前にひとりの列島住民が「漢委奴国王」と彫られた金印を受け取った島を含んでいる。

私はここに現代アジアに伏流する「反発を含んだ融合プロセス」の動きを感知した作家的直観を見る。

              (二〇〇五・四・二四)」

 

〇 日本会議の人々は、この文章を読んで、意を強くしたのかもしれない…などと

妄想しながら読みました。

 

 

奉祝! 五五年体制復活

安倍内閣の総辞職と福田内閣の成立について、毎日新聞東京新聞から取材を受ける。(略)

新聞をぱらぱら読んでいるだけで、テレビのニュースだってほとんど見ない。政治学を学んだこともないし、インサイダー情報も知らないし、政治家の知り合いもいない。

あるいは私が政治評論家ではないから取材がくるのかもしれない。

 

 

 

政治評論家というのはぜんぜん実感を伴わない政治的用語(「国際貢献」とか「構造改革」とか)をまるで「人参」とか「仏和辞典」のような実在物のように語ることができる人のことである。

私にはそれができない。

 

 

 

国際貢献」というものをひもで縛って、包装紙にくるんで、「はいよ」と見せてくれたら、私もその実在を信じるだろうが、そうでなければ信じない。

もちろん「幻想としての国際貢献」や「幻想としての構造改革」が存在することはこれを疑わない。

幻想には固有のリアリティがあり、それで人が死に、都市が焼かれ、文明が滅びることがある。

けれども、それはあくまで幻想であって、実在ではない。

 

 

ある政治的概念が幻想であるということは、同一の状況与件から「それとはぜんぜん違う政治的オプション」を導くことが可能である、ということである。

だって幻想なんだから。

幻想は「風船」と同じで、わずかな入力差でがらりと動きが変わる。それが幻想の危ういところであり、便利なところでもある。

 

 

 

「ひもで縛って、紙にくるんで、「はいよ」と見せられないもの」はあらかた幻想であり、それを扱うときはふつうの「もの」を扱う時とは扱いを変えなければいけない。

ということを非常に切実に感じているという点で、私は政治評論家のみなさんと気質を異にしている。(略)

 

 

 

福田首相が最初に「謝罪」した「政治的空白」は「その謝罪を「謝罪」として受け止める受信者が(民主党の一部議員以外に)ほとんどいない言葉」であった。

別にそれが悪いと申し上げているのではない。けっこうなことじゃないかと思っているのである。

 

 

幼児的で脆弱なメンタリティの首相が一年間迷走している間も、政権を放り出して病院に「ひきこもり」してしまった後も、日本社会はその安定性を少しも損なわれなかった。私はむしろこの「政治的空白」がほとんど社会に不利益をもたらさなかったことに日本社会の成熟と安定を見るのである。

 

 

無能な政治家と腐敗した官僚がこれほど跋扈していながら、国境線は確保され、通貨は停止、法秩序は維持され、環境も保全されている。これは誰が何と言おうと、社会システムがきちんと機能しているということである。

 

 

社保庁の乱脈ぶりが伝えられた時、「これほど腐敗した官僚たちに食い物にされながら、それでもまだ年金支給の原資が残っていた」ことに私は感動した。社保庁にだって、まじめに働いていた人がそれだけいたということである。

 

 

どのような組織にもろくに働きのない人間、いるだけで赤字が増える人間が二〇%くらいいる。だいたい給料分働いている人間が六〇%。利益を出しているのは残る二〇%だけである。

でも、それで十分なのだ。一〇〇%が必死に働く必要なんかない。

社会システムというのは五人に一人くらい「働き者」がいれば十分回るように設計されているのである。それ以上の「働き者」を必要とするシステムは設計の仕方が間違っているのである。

 

 

日本社会は相対的な成熟期・安定期に入ったと私は見ている。

福田康夫麻生太郎の間に政策的な違いはほとんどなかった。政治技法として「正面突破」か「裏技・寝技」かの違いがあっただけである。

 

 

 

それどころか、自民党民主党の間にも政策的な違いはほとんどない。だって、自民党差異は四代続いての清和会で、民主党はおおかたが元・経政会なんだから。二大政党の政策差が、かつての自民党の二派閥間の政策差にまで縮小したのである。

 

 

それだけ政策の選択肢の幅が狭くなったということである。

政策の選択肢の幅が狭いというのは、悪いことではない。

それは社会が成熟して、大きな変化を受け付けなくなったということであり、言い変えれば「誰がリーダーになってもあまり変わらない」ようになったということである。

私はむしろ「安倍晋三程度の人間でも首相が務まった」という点に日本の政治構造の成熟の深みを見るのである。

 

 

これからの日本はだれが首相になっても大過なく職務を全うすることができるようなシステムになってゆくであろう。政策的選択肢がほとんどなく、同一政策をどれくらいの進度で実現するかの時間さがあるだけなんだから。(略)

 

 

つまり、いまこの時期というのは「何もしないで、ぼおっと様子見する」ことが日本の為政者にとってベストの政治的選択なのである。

福田康夫は「背水の陣」といったけれど、別に「後がないので、正面突破するしかない」という攻撃的な布陣をする気はない。これは単に「後がないので、後に下がるというオプションはありません」という「選択肢が限定されているせいで身動きならない日本」の状態を比喩的に形容したものと思われる。

それでいいんじゃないの、と私は思う。(略)

 

 

 

「希望の持てる国に」というのも、なんだか前向きの政策に聞こえるが、「希望が持てる」のは希望のすべてが実現していない場合だけである。人々が希望を持てる国というのは、「ちょっとずつは善くなるが、大きく善くなることがない国」ということである。

 

 

「9条どうでしょう」で書いたように、日本は五五年体制において、日米間の外交的矛盾をすべて「保守対革新」のドメスティックな矛盾に流し込んで「処理」してきた。

アメリカの軍事的属国であるという事実に日本の政治的自由を拘束する最大の要因はある。それを歴代内閣は「国内的な対立勢力の抵抗のせいで、対米協力について政府がフリーハンドをふるえない」という話型に回収してきた。

 

 

 

そうやって、対米的にはリスクとコストの高い軍事協力を逃れ、国内的には「属国である事実」を隠蔽してきたのである。

私はそれを「世界政治史上もっとも狡猾な政治的装置の一つ」と評価している。

福田康夫の登場はおそらくメディアがこぞって書くとおり「古い自民党への回帰」に他ならないのであろう。

 

 

だが、それが「自民民主の猿芝居」によってアメリカとの関係をぐじゃぐじゃにする「新たな五五年体制」の復活をめざすものならば、私はこれを日本国の平和と繁栄のために多としたい。

            (二〇〇七・九・二六)」

 

 

〇 二〇〇七年は、まだ平安だったなぁ、と思いながら読みました。

「ゆでガエル」の例え話で語られた日本の危機。まだこの頃は、

誰もが、危機のことなど考えたくない…と言って考えずにいられました。

 

私もそうでした。第一、危機について、どんなに叫ばれていても、一庶民の私には、

何も出来ません。

本当に、危ないとやっと感じたのは、あの2011年です。

原発が…電力が…というよりも、「これほどおかしな人間が為政者として政治を司って

いる」ということに危機を感じました。

ここで、内田氏は、二〇%のおかしな人間が居ても、この日本のシステムは成熟しているので、大丈夫だ、と言っています。

 

でも、今も更に不安が強まっているのは、おかしな人間が半数を超えているのでは?と

いう疑念があるからです。