リオウ 「決して好きではなかった。認められない部分も、歪んでいると思う面も
たくさんある。それでも、それだけではなかったのなら、知らなくてはならなかっ
た。」
「……もし自分の何かが変わったというのなら、それは決して”外”に行ったからで
はない。”外”で、羽羽や王や、悠舜や、旺季やーこの女と会い、多くの考えや
心に触れ、そしていつしか、自分の心で考えるようになったからだ。」
自分の親のことを考えても、自分自身を考えても、少しも問題のない態度で
守られて、守ってはいなかったと思います。
それでも、親が私たちを、私が家族を守ろうとした気持ちを
イメージすると、真っ直ぐな想いだったと思えます。
最近、どうしても考えてしまうのは、この国の為政者は、
一体何を守ろうとしているのだろうということです。
あります。
「戦後、民主憲法を制定しようとする国民運動が起こった。その要求が、
(GHQを通じて)国際的に受け入れられた」という見方があるそうです。
私の周りにも、「戦争に負けて本当に良かった。負けたおかげで、いい世の中に
なった。」という年配の人々がたくさん居ます。
むしろ、GHQ、よくぞ押し付けてくれました!と感謝しなければならないのでは
ないでしょうか。
私たちは確かに長い間日本というシステムに守られてここまで来ました。
そこには、民主主義も人権もなかった。日本独自の価値観からは、
導き出されない価値観なのかもしれない。でも、民主主義や人権感覚が
一人ひとりを守ることに繫がるのなら、これからもそれを蔑ろにしてはいけないと
思うのです。日本独自のものを大切にするのは大事だと思います。
でも、日本独自のものを守ることで、一人ひとりの人間が蔑ろにされては
いけないと思う。
その一人ひとりが、自分の心で考えて、また日本の国を守っていけるように
なるためにも。