読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

日本中枢の崩壊

「まだ足りなかった構造改革

小泉構造改革は、セーフティネットの部分では不十分だったために、役人にそこを突かれ、すっかり悪者にされてしまった。小泉時代は、内閣の支持率が高く、勢いがあったので、役人は表立って反発出来なかったが、霞が関自民党守旧派と組んで、内閣が退陣した途端、小泉・竹中構造改革に対するネガティブキャンペーンを一斉に始めた。残念なことに、民主党もこれに乗ってしまった。


マスコミを使って、「弱肉強食の非情な改革が、日本経済を足腰から弱くした」「格差社会を助長しただけの小泉・竹中改革は悪以外の何ものでもない」と国民に吹き込んだ。



構造改革は道半ばだったので、地方の企業や商店は青息吐息だった。ああ、やっぱり小泉と竹中がわれわれを苦しめていたのか、となって、あれほど国民が支持した構造改革路線が萎み、否定され、頓挫してしまった。



構造改革が間違っていたわけではない。むしろ、逆である。改革が足りなかった。小泉総理以降も、積極的に構造改革を進めていれば、日本はいまのような最悪の事態にはなっていなかったはずである。」


〇 ここで引っかかるのは、「セーフティネットの部分では不十分だったために、役人にそこを突かれ…」という点です。役人は、そのセーフティネットが必要だと言うのなら、そして、「非情」だというのなら、何故、十分なセーフティネットを作ろうとしなかったのか。

例えば、今も「原発関連企業」が無くなればたくさんの失業者が出る、だから原発は無くせない、という議論があります。
この議論と同じような「裏の想い」をそこに感じます。


本当は、原発を無くしたくないのです。自分たちの役得を失いたくないから。なのに、失業者の話にすり替えます。

それと同じものを感じます。

多分構造改革は必要だったのだと思います。でも、それを嫌がる役人は、あたかも小泉・竹中が悪いから今の非情な格差社会が出来てしまったという話にする。


本来なら構造改革をして、きちんとセーフティネットで悲惨な人を出さないように救うべきだった。

でも、変えたくない人々は、それをせず、変えようとしたから、こんな目にあう人が出る、と「宣伝する」。

そうなると、結局、誰も何も変えられない。
何も出来ない。

役人が一番悪いのではないか、と感じます。