読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

精神の生活 下

パウロは、ローマ市民であったし、共通ギリシア語を話し書いた。また、明らかに、ローマ法とギリシア思想にはよく通じていた。しかし、このキリスト教という宗教(たとえキリスト教教会ではなくとも)の創始者ユダヤ人であり続けた。

だから、おそらく、新たな信仰と自らの内面性の新たな発見が提起した答え難い問題に対する彼の解答ほど、そのことに対する有力な証明はたぶんありえないだろう。」


ユダヤ教団は、ともかく、一切の種類の思弁には用心した。タルムードには、グノーシス派に刺激されて、次のように書かれていた。

「上にあるもの、下にあるもの、以前あったもの、今後あるようなもの、の四つの事柄について考えるものは生まれなかった方がよかったであろう」。」

〇タルムードとは、もう一つの律法と言われている口伝律法のようです。
つまり、このユダヤ教でも、「考えるな」と言ってるわけですね。
これには、驚きました。

少し前にもこのアーレントさんが書いていました。「思考」そのものが危険なのだと。民族を束ねておこうと思うとき、「思考」は危険なものだとトップは考えるのだろうか、と感じました。

エピクテトスのいうところでは、[肉体という]この「袋」を、日々私は一杯にしてまた空にするのだ、「これ以上うんざりさせることがあるだろうか」と。

つまりは、両者とも、「内なる人」(パウロ)と「外的事物」との区別を主張するわけである。」