読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

夜回り先生

水谷修著「夜回り先生」を読んでいます。

実はこれも娘が薦めてくれて、かなり前に置いていったものです。

「お母さん、読んだ?」と何度も聞かれたのですが、

どうも読む気がしなくて…(^^;。

水谷修さんはテレビで何度か見たことがあり、

とても勇気と熱意のある人だと感心していました。

でも、いわゆる「非行」の少年少女の話は苦しすぎて、

辛くなりすぎるので、ちょっと「パス」と思って今に至っていました(^^;。

「おれ、窃盗やってた」

「いいんだよ。」

「わたし、援助交際やってた」

「いいんだよ。」
   ・
   ・
  (略)
   ・
   ・
「いいんだよ。昨日までのことは、みんないいんだよ。」

「おれ、死にたい」「わたし、死にたい」

「でも、それだけはダメだよ。」

込み上げるものがありますが…私は、涙は流しませんでした。

でも、ずっと読み進み、今日、ほとんど号泣のようにして泣いた箇所があります。

「少しでも好かれようと、みんなの顔色をうかがった。必死に背伸びもした。
でも、不思議なことに、いい子にしようと思えば思うほどどんどん
孤独になる。自分が無理をすればするほど、人は避けていく。
様々なコンプレックスを抱えていた私には、友だちと呼べる友だちが
一人もいなかった。」


多分、知り合いに「私には友だちが一人もいない」と言ったら、信じてもらえ

ないかもしれません。「友達がいない人」には見えないかもしれません。

実際、友だちだとずっと思っている人はいます。

でも、この歳になって思うのは、私という人間は、

誰にでもいい感じのところだけしか見せられない人だなぁということです。

本気で喧嘩が出来ません。一旦喧嘩したら、もう二度とその人とは会えません。

許せないし許しを請いたくも無い。

いうも笑顔でいられる回数しか会いたくない。それって友だちなのかなぁと

思います。

それでも、友だちだということなら、友だちはいるのですが。

最近は、よくそんなことを考えていました。もうあまり人に会いたくないのです。

もともとすごく内気で人付き合いの苦手な人間でした。

これまで一応頑張って世の中に合わせてやって来たのだから、

もうわがままになって、人と会いたくない、と言ってもいいのではないか、

と思うようになってしまいました。

だから、多分、この部分を読んで泣いてしまったのだと思います。

この水谷修さん、人の心に届く言葉を使う人だなぁと思います。