読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

タイガーと呼ばれた子_愛に餓えたある少女の物語

「シーラは珍しく心を開いてよくしゃべった。あまりにも長い時間をたった一人で過ごした結果こうなったのだろう。一人ぼっちで寂しかったから、見慣れた私の顔に余計に反応したのだ。


鬱病もその一因だった。私が全体として受けたその午後のシーラの印象としては、彼女はかなり深刻な鬱状態にあった。(略)あまりに意気消沈しているために、かつてのように自分の考えていることをうまく隠すことも出来なかったのだろう。」



「「あの手紙ね」顔をしかめた。「トリイを心配させたのなら、ごめん。あんなこと書いて今はばかだったと思ってる」
「そんな、ばかだなんて思うことないわ。あの時は本当にそう感じていたんだから。私が悪かったのよ。あのとき、わたし、いなかったの。ウェールズに行っていて、何週間も後に戻って来るまで知りもしなかったのよ。あなたがせっかく書いてくれたのに、返事が出来なかったと思うとたまらなかったのよ、シーラ」
「もうその話はやめようよ、ね?」



私は彼女を見つめた。彼女はうつむいて、爪についている何かを調べるふりをしている。シーラにはずっとトラと子羊が混ざり合ったようなところがあり、勇猛果敢ではつらつとしているかと思うと、その一方でものごとに怯え、傷つきやすい所があった。


彼女がトラのような凶暴さを見せると私はよくひどく腹を立てたものだが、それでも彼女のそういう部分に大いに魅力も感じていた。肩を丸め、ぼさぼさの頭をしたシーラをしげしげと見つめながら、あのトラはどこに隠れているのだろうかと思った。」



「シーラは肩をすくめた。「わかんない。あの頃のことを考えないようにして。全部忘れることにして、かな。だってあたしはそうやってきたんだもの。あたしは全部忘れたんだ。つまり、あたしは忘れようとしたことを覚えてる。意識的にそうやったんだよ。(略)


まるでそのたびに生まれ変わったみたいで、それまでにあったことは全部前世で起こった事みたいに感じられた。ほとんどそれはあたしではなかったみたいにね」



「それでお母さんのことを考えずにすんだってわけ?」私はきいた。
「うん。それからトリイのことも。それからマグワイア先生のことも。だってマグワイア先生のクラスにいた時も、あたしすごく幸せだったんだもの。すごく幸せだった時のことって覚えていたくないんだよ。あの頃のことを考えたくないんだ。


だって泣いちゃうんだもの。嫌なことを覚えているのは全然平気なの。”ふん、なにさ”と思うだけだから。それでおしまい。でも幸せだった時のことを思い出すと、ぼろぼろになってしまうんだ。だから、そういうことを思い出すたびに、自分にこう言って聞かせてたんだ。”だめだめ、そんなこと思い出しちゃだめ”って。そうするとすぐに消えてなくなっちゃったんだ」



私は彼女の顔を見た。シーラは顔を上げ、ちらりと私を見たが、また自分の手に目を落した。「そこにトリイがやってきて、あれこれ掘り起こしたんだよ。あんたってほんとうにそっとそのままにしておいてくれない人なんだね。自分でわかってる?」とシーラはいった。その口調は愛情に満ちていて、かすかに笑みすら浮かべていたが、その言葉が本当だということは私にもわかっていた。


「じゃあ、私にあのまま放っておいてほしかったの?」私はきいた。
シーラは親指の爪を熱心にいじりながら、長い間考え込んでいた。それからついにゆっくりと肩をすくめた。


「わかんない。でもトリイがほっておいてくれたら、あたしの人生はもっとずっと簡単だっただろうとは思うよ。この何年か、トリイはいろいろとあたしに悲しみの種をくれたからね。でも……」そこまで言ってシーラは私の方を見た。



「ほんとうのことを言えば、あたしが今まで出会った人みんなが_おかあさんも、おとうさんも、ここの人も、里親も、ソーシャル・サービスもみんなそれぞれ余計なことをしないでいてくれたら、あたしの人生はずっと簡単なものになっていたと思う。だから、トリイだけがどうこうっていうわけじゃないんだ」


私は微笑んだ。シーラも微笑み返した。」




「あの手紙、あたしのために取っておいてくれる?いつか、お母さんを見つけ出したら、あの手紙を渡すんだ。お母さんにあたしのこと知ってもらいたいし、あたしがずっとどういう気持ちで過ごしてきたかを知ってもらいたいから。そう決めたんだ。ここを出たら、お母さんを探しに行くって」」



「親愛なるお母さん、
あなたはわたしがずっとどれほど不幸だったか知ってますか?私がどんな人生を歩んできたか知ってますか?どうして私にあんなことをしたのですか?夜寝ながら、そのことを考え、どうして私はあなたにとっていい子じゃなかったのかを考えています。でも、置き去りにされるってことがどんなものなのか、あなたは知っていますか?」



シーラのことが気になってしかたがなかった。彼女が孤立していて落ち込んでいるのを知って、この状況を打開するためにまた自殺を考えることは十分あり得ると、私は心配だった。(略)



このような施設の例にもれず、ここも人手不足で十分機能していなかった。特に、職員の出入りの激しさは呆れるほどだった。ケア・ワーカーの大半はろくに訓練も受けていない、最低賃金で働くパートタイマーで、ほとんど週単位で入って来ては止めて言っていた。」



「可能なかぎり、私は毎週土曜の午後にシーラに会いに行った。街から車でかなりかかったが、楽しいドライブで、よくヒューも一緒にやってきた。ヒューは釣り道具を持ってきて、私がシーラと喋っている間、Ⅰ、⒉時間川の方に姿を消した。このようにして夏の残りは過ぎて行った。」



「「あなたをここから出さなければ」私は言った。
「今さら何言ってるのよ」
「いいえ。本気で言ってるのよ、シーラ。ここはあなたがいるような所じゃないわ。なんでそもそもあなたがここにいなきゃならないのよ?あなたは何も悪いことをしていないのに。なんで鈎のあるところに閉じ込められているの?刑務所に入らなければならないのはお父さんの方でしょ」(略)



「しばらくしたら慣れるけど、世の中こういうもんなんだよ、トリイ。闘ってもしかたないんだよ」
「そんなこととてもうけいれられないわ」
「あたしは出来る。だってそうしなければならなかったんだもの」(略)



ジェイン・ティモンズはシーラの非社交的な行動のことを彼女と話し合ってほしがっていた。この問題を掘り下げていかなければならないことは疑う余地のないことだったが、その午後はそのことには触れないことにした。


少なくともこの数時間は、シーラに自分が主導権を握っていると思ってほしかったのだ。シーラが導くままに時間を過ごすつもりでいた。」


「「うん、ボーイフレンドはいない」シーラは小声でいった。「今までにも一人もいなかった。男の子は好きだよ。あたし、ジェフが好きだった。あの人、本当に素敵な人だった。でも…」しばらく間があった。「でも結局のところ最後はファックということになるでしょ、トリイ。あたし、今までにもう男のあれはいやというほど見てきているんだよ」
「それだけのことじゃないわ、シーラ」
「あたし、子供が産めないんだよ。知ってた?叔父さんにあんなことされたおかげでね。覚えてる?(略)」(略)


「あたしがほしいのはただあたしを抱きしめていてくれる人。あたしの言ってる意味、わかる?あたしを両腕に抱きしめて、それ以上何の見返りも要求しない、そんな人。でも、そんな人はいないと思うんだ。だから、それじゃあどんなボーイフレンドも持たないって決めたんだ」」