読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

私の中の日本軍 下 (捕虜・空閑少佐を自決させたもの)

「私が、「悪法もまた法なり」、どんな悪法でもあった方がましだと言ったのは、陸軍刑法も戦犯の公開裁判も、やはり「法」なき「自決セエ」よりはましだったということである。悪法とはいえ法があったが故に「百人斬り競争」が究明できるのであって、もし「日中友好のため自決セエ」となったら、それこそ何もわからなくなる。



戦争中のことが何もわからなくなって、虚報が今でも事実で通る最も大きい理由の一つは確かにここにある。そして処刑された向井・野田両少尉に対する本多勝一記者の態度は、いわば「陸軍刑法=戦犯法廷は正しい、その判決は正義である。そして日中友好のため、空閑少佐のように、判決後に自決セエ、声を出すな」であって、これはオフチンニコフ氏の見方をとれば、戦争中の行き方のそのままの延長であろう。そしてそれがまた本多判決と陸軍刑法とが一致するわけでもあろう。(略)


従ってこの二つ、すなわち「タテマエ=順法闘争」と「無法=自決セエ」とは、確かに盾の両面なのである。(略)



そして私は、おそらくこれは、使徒パウロが徹底的に追及した問題と同じような問題ではないのかと思う。しかしそれについては、前述の洪思翊中将の裁判記録を読み終わった上で、もう一度考えてみたい。そしてここでは、戦犯の実行犯への心理へと進もう。(略)



だがここでは視点をかえて、裁く方の見方を調べ、なぜ東京の軍事法廷が二人を不起訴にし、南京の軍事法廷が二人を死刑にしたかを調べよう。」



「ではなぜ東京法廷が二人を不起訴にしたか。それはこの「百人斬り競争の英訳を読めばわかる。
英訳は、これを「インディヴィデュアル・コンバット(個人的戦闘行為)と規定しても「戦闘中の行為」とは規定していないのである。(略)



だが問題は、米人であれ中国人であれ、検察官はすべて、直接か間接に戦場を体験した人たちである。体験者は、近代戦において「百人斬り競争」という「戦闘行為」がありうるとはだれも信じない。



先日、会田雄次氏と対談する機会があり、そこに同席された編集の方が「戦場で敵を射殺した場合……」といわれたので、私が思わず「敵影なんて見えるもんじゃないですよ」と答えると、会田先生も「今もその話をしていたんだが、これが今の人にはつかめないらしい」と言っておられた。



向井少尉も、敵影を見たのは無錫で双眼鏡で見たことが一度あっただけだと上申書にているが、戦場の体験者には、みなこの「敵は見えないという実感」がある。(略)



英訳では明確に(一)すなわち個人的戦闘行為と書いてある。従ってその判断に立てば、これは虚報である。彼らは明らかにそう解釈しており、それは彼らの浅海特派員への態度にはっきりそれが出ている。


すなわち宣誓をして「宣誓口述書」を提出しようとしたところが、その必要なしといわれたことは、ある意味では一種の侮蔑であり、「こんな虚報を作成した記者の宣誓口述書などは三文の価値もない、もういいから帰れ」ということであろう。私でもそういう。(略)



だが向井・野田二少尉の「行動そのもの」は一応考えずに、昭和十二年十二月十三日
記事だけ」を子細に検討すると、驚くなかれこの記事は、(二)に読めるのである。(略)



しかし虚報には常に一つの詐術がある。それは何かを記述せず、故意にはぶいているのである。そしてそれは常に、それを記述すれば「虚報であること」がばれてしまう「何か」なのである。(略)



すなわち「何を」斬ったかが書いてない。最初にただ一か所「敵」という言葉が出てくる。しかし「敵」という言葉は、「敵国」「敵国人」「敵性人種」「好敵」「政敵」等非常に意味の広い言葉で、必ずしも「小銃・手投弾・銃剣等で武装した完全軍装の正規軍兵士=戦闘員」を意味しない。



しかもこの非常にあいまいな言葉は一か所だけで、あとはすべて「目的語」がなく、従って一体全体「何を斬った」のかわからないのである。



もちろん(二)すなわち「戦闘中ノ行為」の記述であることは疑いないが、斬った相手が戦闘員なのか非戦闘員なのか、一切わからない。
なぜそういう書き方をしたか。そうしないと「虚報」であることが、一目瞭然になってしまうからである。(略)



ヒトラーの原則」というのがあるそうで、それによると「大きな嘘をつき、しかも細部に具体的な事実を正確に挿入すると、百万人を欺くことができる」そうである。」