読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

昭和天皇の研究 その実像を探る

「十章  「憲政の神様」の不敬罪

         = 東条英機は、なぜ尾崎行雄を起訴したのか

 

尾崎演説の何が東条首相を怒らせたのか

 

天皇自身が機関説を信奉して、そのとおりに行動し、前述のように「ああいう学者(美濃部博士)を葬ることは、すこぶる惜しい」と言われても、もし彼が不敬罪で起訴されて有罪の判決を受ければ、天皇はこれをどうも出来ない。天皇は議会に命令を下すことが出来ないのと同様に、司法権にも命令を下すことが出来ない。

 

 

もしこれに干渉すれば、美濃部博士を救うことは出来たかもしれないが、機関説はそれによって葬られる。これが憲政である。

美濃部博士は、貴族院議員を辞職せざるを得なかったが、起訴猶予となった。しかし尾崎行雄津田左右吉もそうはいかなかった。もっとも尾崎行雄大審院最高裁)で無罪、津田左右吉は二審で免訴だが、一審では共に有罪の判決を受けている。

 

 

尾崎行雄の場合は、彼自身が指摘したように、東条首相が政敵を抹殺するため行った法の悪用であろう。しかし曲がりなりにも憲法が存続している日本では、東条は、司法権に干渉して尾崎行雄を抹殺することはできなかった。

 

 

尾崎が東条を怒らせた本当の理由は、「東条首相に与えた公開状」(昭和十七年四月)であろう。

「帝国憲法明治天皇陛下が、非常の御辛労を以て皇室と人民とのために、御制定遊ばされ……」にはじまるこの公開状は、翼賛選挙なる「一種の選挙干渉」がついには議会を官選に等しくする「非立憲的動作」であるとし、すみやかに選挙干渉を止めるよう要求した点にあると思われる。(略)

 

 

……、さらに当時「社会主義者」以上に軍部から非難された「自由主義者」を採り上げ、「口をきわめて自由主義を悪罵することは、明治大帝や大正天皇の御行為を誹謗することにもなりますまいか」等々と彼が言った点であろう。

これらを通読すると「東条政治は憲政違反」と言っているように感じられる。これは戦前の選挙演説を考える場合、きわめて貴重な資料だから、その一部を次に引用しよう。

 

 

「近来我選挙区にも、(一)自由主義者、(二)個人主義者、(三)民主主義者、(四)平和主義者、(五)親米英派、(六)軍縮論者、(七)翼賛運動反対者等の臭味ある者をば、選出すべからずと勧説する者があるそうです。これは尾崎には投票するなというに均しい言行です。

 

 

もしそれが直接と間接とを問わず、租税や官僚の援助を受くる者の所作であるならば明白な選挙干渉で、憲法および選挙法等に違背する行為です。明治二十五年の大干渉にすら屈せずして、私を選挙した諸君ですから、これくらいの干渉は物の数でもありますまいが、あまり辻褄の合わない申し分ですから、一応弁明いたします。

 

 

第一、こんな事を流布する人々は、自由主義を我儘勝手に私利私益のみを追及するものとでも誤解しているのでしょう。(略)

 

 

帝国憲法第十九条は、日本臣民は(中略)均しく文武官に任命せられ、およびその公務につくことを得と保証し、

 

第二十二条は、住居及び移転の自由を保証し、

第二十三条は、身体の自由を保証し、

第二十四城は、正当なる裁判官の裁判を受くるの権利を保証し、

第二十五条は、住所の侵入および捜索を拒む権利を保証し、

第二十七条は、所有権を保証し、

第二十八条は、信教の自由を保証し、

第二十九条は、言論集会および結社の自由を保証し、

第三十条は、請願権を保証しています。

 

かくの如き明文あるにもかかわらず、自由主義を排斥する人々は我が憲法を否認し、明治大帝の御偉業に反対するのでしょうか。(略)」(後略)

 

 

実は以上の全文がそのまま選挙民に配布されたのではない。「かくの如き明文あるにも……」以下は、ほとんどが削除されている。その例を示すと、

 

「第三、民主主義はデモクラシーの翻訳語で、民本主義、民衆主義などと訳す人もあるが、要するに —————する政治形体、すなわち独裁専制の反対で、  ————これをとやかく言うものは、文字の末に拘泥して、基本義を解し得ない人でしょう」

 

といったぐあいである。消された部分は、原文によると、まず「世論公儀を尊重」で、次が「明治天皇が御即位の初めにあたり「万機公論ニ決ス」と誓わせ給いたるわが皇道政治と異語同質のものであります」である。

 

 

いわば「明治大帝の御偉業に反対する」憲法無視とか、「五箇条の御誓文」の第一条とかを持ち出されることに、東条政権がどれくらい警戒していたかは、これを見るとよく分かる。」

 

 

大日本帝国憲法がそれほどまでに自由を保証した憲法だとは知りませんでした。

そして、ここを読む限り、司法はこの時代の方が、まだマシな状態であったように感じます。今は、完全に安倍政権の都合の良いようにグズグズに崩されてしまっているように感じます。

なんと言っても、あの公文書を改竄した官僚が不起訴になり、出世するのですから、びっくりしてしまいます。