読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

国体論 ー菊と星条旗—

「▼なぜアメリカから日本にヘゲモニー交代が起きなかったのか

問題は、この過程がどのように日本の「戦後の国体」に作用してきたのか、そして逆に日本の存在がこの過程にどのように作用してきたのか、ということである。

 

 

 

ウォーラースティンを筆頭とする世界システム論者は一時、アメリカの衰退と日本経済の上昇によって、世界資本主義の歴史におけるヘゲモニー国の交代が、アメリカから日本へというかたちで起こる可能性を指摘していた。しかし、現実にはそれは起こらず、彼らは今日ではそうした見解を事実上完全に取り下げている。(略)

 

 

 

ジャパン・アズ・ナンバーワン」とまで言われ、日本の経済的優位が絶頂を迎え、日本からアメリカへの資本移動が盛んにおこなわれた一九八〇年代に関して、アリギは次のように述べている。

 

 

(略)

第一次、第二次世界大戦中のアメリカの対英経済支援と、第二次冷戦期の日本の対米金融支援の最大の違いは、その結果にある。アメリカは膨大な利益を獲得したが、日本の場合、そうはいかなかった。

 

 

ふたつの世界大戦を通じて起きたイギリスからアメリカへのヘゲモニー国の交代においては、「アメリカの金融資本は最後まで、崩壊しつつあったイギリス世界市場システムを守ろうとした」にもかかわらず、アメリカで生まれた組織化におけるイノベーションの産物である「垂直統合官僚主義的経営・多単位構成型の企業体」が、世界中の私情で覇権を握り、莫大な利益を上げるようになった。

 

 

 

これに対して、アメリカから日本へのヘゲモニー交代が起こらなかった最大の理由を、アリギは一九八五年九月のプラザ合意以降のドル価値の切り下げに見出している。レーガン政権は、財政が悪化するなかで減税と軍拡を行なったが、それを大量の米国債購入によってファイナンスしたのは日本だった。

 

 

そして、「強いドル」政策は放棄され、ドル価値は下落する。プラザ合意当時、一ドル=二四〇円であった為替レートは、一九八七年二月には、一ドル=一四〇円台に到達した。つまり、為替レートの変動を通じて、アメリカの借金は棒引きされたのである。

 

 

 

▼経済的敗戦

アリギはさらに、日本の資本が対米進出した際に直面した文化的および政治的困難に言及している。(略)

これらの過程は、日本では「マネー敗戦」(吉川元忠の著書タイトル)として九〇年代末に大衆的な注目を集めた。(略)

 

 

▼「日本のアメリカ」という倒錯

異常なのは、日本の資本が利益を追求しなかったことだけではない。日本の政治も経済も、単に利益を上げることに失敗しただけでなく、戦後日本の政治経済的利益を支えてきた構造を自ら進んで破壊したと言える。

 

 

 

その構造とはもちろん東西冷戦構造であり、レーガン政権による冷戦再燃政策は、ソ連を再び軍拡競争へと引き込み、崩壊へと導いたが、その財政的なお膳立てをしたのはほかならぬ日本だったからである。(略)

 

 

 

 

つまり、「偉大なアメリカの回復」という観念を四〇年間近くにわたってアメリカが弄ぶことを可能にした要因 ― 少なくともその一部 ―は、日本の自己犠牲的な献身であった。

 

 

 

われわれはここに、「国体の弁証法」を見ることができるだろう。

「戦前の国体」は「天皇の国民」から「天皇なき国民」を経て「国民の天皇」という観念に至ったが、同様に、「戦後の国体」は、「アメリカの日本」から「アメリカなき日本」を経て「日本のアメリカ」へと至った。すなわち、「日本の助けによって偉大であり続けるアメリカ」を生み出した。

 

 

 

そして、「戦前の国体」が「国民の天皇」という概念によって支えられることによって自己矛盾に陥り、崩壊したのと同じように、「日本のアメリカ」もまた自己矛盾を深めて来たのである。」