「なぜそのとき、漁民たちがそのようなあらわれ方をしたのか、いまもって、わたくしにはわからない。
しかし、このとき、わが安保デモの指導者は勢いづいたままの声でいった。
_皆さん、漁民のデモ隊が安保のデモに合流されます。このことは、盛りあがってきたわれわれの、統一行動の運動の成果であります。
拍手をもって、皆さん拍手をもって、おむかえしましょう。(略)
思えばそれはうつろな大集団であった。あのとき、安保デモは、
「皆さん、漁民デモ隊に安保デモも合流しましょう!」
といわなかった。」
「姉娘は”軽症”だから入院できないから、家におかねばならない。夫は失対人夫にゆく、だから母親は毎日は病院に来てやれない。
冬は、夫婦とも手がしびれる。唇のまわりも。母親はかすかな笑みを浮かべていう。_わたしどんも水俣病ばい。箸ばおっことしよったもね。このへんの者は誰でん、しびれよったばいあのころ、しかしこの夫婦は名のり出ない。”このへんの者”たち同様に。」
「魂もなか人形じゃと、新聞にも書いてあったげなが……、大学の先生方もそげんいうて、あきらめたほうがよかといいなはる。
親ちゅうもんはなあ、あきらめられんよなあ。大学の先生方もわが子ばそうされれば諦めつかすじゃろうか。」
「ゆりが魂の無かはずはなか。そげんした話はきいたこともなか。木や草と同じになって生きとるならば、その木や草にあるほどの魂ならば、ゆりにも宿っておりそうなもんじゃ、なあとうちゃん」
「あきらめとる、あきらめとる。大学の先生方にも病院にもあきらめとる。まいっちょ、自分の心にきけば、自分の心があきらめきらん。」
「「大丈夫じゃろかいねえ、会社の排水、まだ危なかごたるよ、熊本大でまた出たばい水銀が。小母さんこの魚、匂いのするよ、排水の匂い」
とわたくしはいう。
「匂いのしてもよかたい。買え。おるばっかりふの悪うして後家になって。ひきあわん。あんた魚食うて、ちいっとしびれてみれ」
彼女は、ウソウソ、おるが持ってくる物は東シナ海つきの磯から来た物じゃ、買わんかい、という。むべなることかな、とおもいわたくしはわかめを買うのである。」
「水俣病わかめといえど春の味覚。そうおもいわたくしは味噌汁を作る。不思議なことがあらわれる。味噌が凝固して味噌とじワカメができあがったのだ。
口に含むとその味噌が、ねちゃりと気味悪く歯ぐきにくっついてはなれない。わかめはきしきしとくっつきながら軋み音を立てる。
_会社は晩になると臭か油のごたる物ば海に流すとばい。(略)」