読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

母性社会日本の病理

ユングのマンダラに関する体験について、彼は、「それらが何か中心的なものであるという明確な感情を抱いた」と述べていることは先に示したが、確かに、われわれの知っている「私」というものが、もっと深い心全体の中心へと結びつけられ、根づいてゆき「私は私だ」と確信をもって言えるような体験が存在するものである。」


〇私の場合で言えば、「これ」です。

アーレントが精神の生活の中で、コールリジの言葉として引用しています。
これで、三度目になりますが、もう一度引用します。


「存在それ自体、存在そのものだけ、まさに存在するというそのこと、それを考えるようにと精神を高めたことがあるか。考えのたけを込めて「存在する」と言ったことがあるか。目の前の人に対してであろうが、花であろうが、一粒の砂であろうが、
その瞬間におかまいなしに― つまり、存在しているあれこれのあり方にはとらわれずに。


ここに到達したのならば、神秘の存在を感じ取っているのであり、それが汝の霊を
畏怖と驚異の内に根付かせているのだ。「何もない!」とか「何もないときがあった!」という言葉そのものが自己矛盾だ。我々の内部にはこういう命題をはねのけるようなものがあり、まるでそれ自体が永遠の権利をもって事実に対抗する証拠になっているかのごとき充溢した瞬間的な光を伴ったものである。


それゆえ、無いことは不可能であり、存在することは不可解である。絶対的存在についての、この直感を習得してしまえば、同じようにして次のことも習得したことになる。太古の昔に高貴な精神を、選ばれし人を、聖なる畏怖の心持でとらえたのは、
まさにこのことであり、これ以外のことではなかった、と。まさにこのことこそが、
かの人々をして、個としての存在よりもたとえようもなく大きなものを自らの内に
感じ取らせたのであった。」(コールリッジ)


「そのような心の中心を、彼は自己と呼び、われわれの意識の中心である自我と区別したのである。」



「「解釈」の難しさは、それが二面性をもつことである。」



「試験場に行くと、J女史がいつになく大変やさしい様子で、まず「ミスター・カワイ、自己(セルフ)の象徴としてはどんなものがありますか」と尋ねた。(略)


私の口は私の意図に反して、「世界中のもの、すべてのものです」と答えてしまった。(略)


それは試問というよりは対決に近い様相になった。しかしながら、その間にJ女史は何度も事態をやわらげようと努力し、陪査として同席していたフレイ先生は、場をとりなすような発言をしてくれ、

私自身も何とかスムーズに事が運ぶようにとは努力するのだが、駄目なのである。(略)


試験の終了後は、悔恨の気持ちを混じえながらも、私はむしろすっきりとした気分であった。それは、大切な試験に「ごまかし」をせずにすんだといううれしさのようなものを含んでいた。あるいは、J女史はさすがに、ごまかしを入り込ませない何かをもった人である、といってもよいかもしれなかった。」


「私はすぐに抗弁した。それは知識の有無の問題などではなく、もっと根本的な態度の問題である。自分は自分としての生き方があるので、それを認めるのではなく、単なるお情けで資格をくれるのなら、そんな資格はいらない、といった。」


「私は生まれながらに、河合隼雄という名があって、それだけで十分です。その上にユンギャンという飾りがついてもつかなくても、私の存在には変わりがありません」と私は答えた。」


「委員会は私に資格を与えることを決定した。」



「これらのことを分析家のマイヤー先生に報告すると、「まったくうまくできてるね」と満足そうであったが、「ところで、そのすべてをアレンジしたのは誰だろう」と問いかけてきた。(略)


大切なことはこのようなアレンジメントが存在すること。そして、それにかかわった人たちがアレンジするものとしてではなく、渦中において精一杯自己を主張し、正直に行動することによってのみ、そこに一つのアレンジメントが構成され、その「意味」を行為を通じて把握し得るということであろう。

このことを体験に根差して知ることが、分析家になるための条件のひとつででもあったのであろう。」


〇この「アレンジメントは存在する」「アレンジするものとしてではなく、渦中において精一杯自己主張し、正直に行動することによってのみ、そこに一つのアレンジメントが構成される」ということを、私も実際に体験した、と思っています。

もちろん、この河合隼雄氏のような「試験」とはまるで関係なく、別の場面でですが。

第一に、生きる意味を探しているときがそうでした。不思議なほど、「次々に、導かれていく」感じがありました。

そして、次が、次男の不登校の時でした。
やはり、一つ一つ道が開けて行きました。

その後、もう一度、ありました。

「アレンジメントは存在する」私もそう思います。