読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

シーラという子 _虐待されたある少女の物語_

「「でも、あたしにはわかんないよ。あたし、ジェリーおじちゃんが好きだった。一緒に遊んでくれたし。それなのになんでおじちゃんはあたしを傷つけたいと思ったの?」


「ほんとうにわからないわ。ときどき人は自分を抑えることが出来なくなるものなのよ。私が二月に出張にいったとき、あなたと私がそうなったの、覚えてるでしょ?あのとき二人とも自分を抑えられなかったわね?そういうことが時々起こるのよ」


シーラは紙を切るのをやめて、紙とはさみをぽとりと指からテーブルに落とした。長い間黙って、彼女は身動きもせずにただ紙とはさみと、それからまだ開いたままの手をじっとみつめていた。頬がぶるぶる震えていた。


「ものごとって、ほんとうにこうなったらいいなと思っているようにはいかないもんなんだね」彼女は私の方を見ずにいった。(略)


「あたし、もうあたしでいるのがいやになったよ。もういやだ」
「そういう辛い時もあるわ」まだ何と言っていいのかわからず、でも何か言わなければと感じて私はそういった。


シーラは頭を動かして私の方を見たが、まだ頭は切り紙細工が積み重なった上に載せたままだった。目がぼんやりしていた。


「あたし、誰か別な人間になりたい。スザンナ・ジョイみたいにドレスをいっぱい持ってるような子に。もうここにはいたくない。普通の子になってふつうの子の学校にいきたいよ。

もうあたしでいることがいやだ。もううんざりだよ。でもどうやったらいいのかわからない」


私はシーラをみつめた。どういうわけか私はいつも、自分もとうとう純真無垢な心を失ってしまったと思う。ついに最悪のものを見てしまった、だからこの次にはこれほどひどくは傷つくことはないだろうと。にもかかわらず、やはり自分がひどく傷ついているのに毎度のことながら気づくのだった。」



「障害児にとっては、なんとかその日その日を乗り切っていくということだけでも充分な達成だと思われている。が、私はこの考え方がいやでしょうがなかった。


ただ「その日その日を乗り切っていく」だけの人生なんて、生きて行く甲斐がほとんどないではないか。ほとんどの人はケーキそのものよりも、上に飾られているアイシングに引かれてケーキを食べるのだということは、だれもが知っていることだ。


それで私は私たちの教室内でもふつうの学校行事の中の人気のあるものを行なって、なんとか楽しいものにして行こうと努力してきた。」


〇潜在エネルギーの違いを感じます。


「シーラは顔をしかめてしばらく考えていた。
「来ないよ」
「もしお父さんが来たいのなら、アントンが迎えに行ってくれるわよ。前もって分かっていたら、むずかしいことじゃないわ」
「それでも来ないと思う。おとうちゃんは学校があんまり好きじゃないんだ」

「でもあなたが劇に出て、歌を歌っているところが見られるのよ。あなたがそういうことをしているのを見たら、お父さんきっと自慢に思うと思うけど」
私はシーラと目の高さが同じになるように、小さな椅子に腰をかけた。


「ねえ、シーラ、あなた一月からいままでほんとうによく頑張って来たわ。まるで違う子みたい。前に比べたらほとんど問題も起こさなくなったし」


シーラは強くうなずいた。「前はいつも何でもめちゃくちゃにしてたけど、もうやらないから。それに、前は腹が立つとしゃべらなかった。前は悪い子だったんだ」

「あなたはずっといい子になったのよ。もうだいじょうぶ。お父さんはきっとあなたがどんなにちゃんとなったかを見たいと思うわよ。お父さんはまだあなたがクラスでどんなに重要な子かってことがわかってないと思うから、見たらきっと誇らしく思うはずよ」

シーラは目をせばめて私を見ながら、しばらく思いをめぐらせていた。「おとうちゃん、来るかもしれない」」


「シーラの両頬に涙がぽろぽろと流れ、彼女は泣きだしてしまった。
ついにその時がやってきたのだ。遅かれ早かれいつかはやってくるだろうと私がこの何か月もの間ずっと待っていたその時が、ついにいまここでやってきたのだった。」



「彼女は激しくすすり泣いていたが、もう最初の頃のようにヒステリックには泣いていなかった。だが、シーラは泣きに泣いた。私はただ彼女をかかえて、椅子の後ろ脚だけで立って椅子を前後にゆすっていた。」


「ついに涙が止まった。シーラは震えている、ぐしょぬれの小さな塊りにすぎなかった。泣き疲れたために、すべての筋肉の力が抜けていた。(略)


「少しは気分がよくなった?」私はやさしくきいてみた。
シーラは答えなかったが、私によりかかってきた。ひどく泣いた後のしゃくりあげる息づかいと興奮で彼女の身体はがたがたと震えていた。「吐きそう」


教師としての反射神経から私はすぐに行動を起こし、私は彼女と一緒に書庫から飛び出ると角のところにあった女子用トイレに飛び込んだ。」



「「なんでチャドはあたしにドレスを買ってくれたの?」
チャドが彼女にドレスを買ったのは、ジェリー叔父が彼女の赤と白のドレスが好きだといったのと同じ理由からだとシーラは信じているのではないか。

そういう思いが私の頭をかすめた。」



「「あたし、あのドレスほしかったんだ」彼女はそっといって言葉を切った。「ほしかったんだよ。ただ怖くなっただけ。それだけなんだ。で、自分でも止められなくなったんだよ」

「それでいいのよ。ほんとうにそれでいいの。チャドは小さな女の子がどういうものかよく知ってるわ。私たちみんな知ってるのよ」
「あたし、なんで泣いたのかわからない。何が起こったのか、わからない」
「心配しなくていいのよ」」



「シーラは午前中のトラブルからすっかり回復して、ウィットニーが彼女の為に作ってくれた衣装を辞退して、チャドがもってきたドレスを着た。二時間の昼寝ですっかり元気になったシーラは、台詞をしゃべりながら舞台を飛び跳ね、背景や大道具を蹴っ飛ばした。」



「最初の出番が終わって、シーラが父親のもとに跳ねるようにやってきたとき、私は父親が娘に微笑みかけるのを初めて見た。彼にも素面でやってきて、私たちと一緒にこの場にいることを楽しむだけのやさしさがあったのだ。(略)


父親はシーラの新しいドレスのことはまったく口にしなかった。彼は娘を注意深く見てから、私の方に向き直り、上着のポケットから擦り切れた財布をとり出した。


「いまあまり持ち合わせがないんだが」と彼は静かな口調でいった。彼がこのドレスが高価なものだとわかっていて、お金を払おうとしているのだと思い、私はぎょっとした。


だが、彼は他のことを考えていたのだった。「あんたに金を渡すから、シーラを連れて普段着を買いに行ってもらえんだろうか?何か買ってやらないと、と思ってはいたんだが、こういうことは女の人がいないとどうも…」彼は言葉を濁して、目をそらせた。


「おれが金をもっていると……つまり、わかるだろうが、おれにはちょっとした悪い癖があってね。きっとこの金も……」彼は十ドル札を手にしていた。
私はうなずいた。「ええ。わかりました。来週にでも放課後に彼女を連れていきますわ」

父親は私に微笑みかけた。唇をぎゅっと引き結んだ、かすかな、寂しげな笑みだった。それから、あっという間に姿を消してしまった。私はその札をじっとみつめた。いまどきこのお金では大した服は買えない。

だがそれでも彼としては気持ちを示したのだ。彼なりのやり方で、お金が酒瓶に変わってしまう前に、使うべきところに使ってもらとうとしたのだった。いつの間にか彼を好きになっていた。


そして同情の念がこみあげてきた。犠牲者はシーラだけではないのだ。彼女の父親もまた彼女と同じだけの気遣いを必要としており、またそうされるだけの資格をもっているのだった。

かつて、痛みからも苦しみからも決して救われることのなかった小さな少年がいて、それがいま一人の男性になっているのだった。

ああ、そういう人に気配りをしてあげるだけの充分な人間がいたら、無条件に愛してあげるだけの人がいたら_私は悲しい思いでそう思わずにはいられなかった。」