読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

タイガーと呼ばれた子_愛に餓えたある少女の物語

「夜中の二時頃だったと思うが、とうとうシーラをみつけた。彼女は町の思いがけない地域にいた。私たちの昔の学校からそう遠くないところにある住宅地を走る広い幹線道路沿いを歩いていたのだ。私がそこを通りがかったのは全くの偶然だった。(略)



「そうね、モーテルにもどりたくないのなら、ハンバーガーか何か食べに行きましょうよ。いい?」
シーラがためらいを見せたので、私は勇気を得て続けた。
「レニーズに行きましょう。あそこなら一晩中開いてるから。さあ、お願い」
シーラが助手席側のドアを開けて車に乗り込んだので、私はほっとした。実際彼女はほとんど倒れ込むようにすわった。とても疲れていたのだ。私は彼女の黄色の髪と、くしゃくしゃのしわだらけになってしまったへんな服を横目で見た。ああ、十四歳でいるということはなんとたいへんなことだろうか。」



「明かりを消してベッドに入ってから、私は横たわったまま闇の中を見つめていた。どこでこうなってしまったのだろうか?私たちがあんなに身近に感じられた昨晩と、二人の世界がばらばらになってしまったように感じられる今夜との間に、何が起こったのだろうか?


まるで私の心を読んだかのように、シーラが口を開いた。
「トリイはあたしを置き去りにした。それがどれほどあたしを傷つけたかわからないの?」彼女の声はとても小さく、夜の静けさの中でもほとんど聞き取れないほどだった。
「わたしだってああしたくてしたわけじゃないのよ、シーラ」
「じゃあなんであんなことしたの?」
「ただ成り行き上ああなってしまったのよ。私は教師だった。だから学校が終わる六月に私の最後は来るの。そのことは私にはどうすることもできなかったのよ……」


「トリイがやったことは、間違っていた」シーラはとても小さな声で言った。長い間を置いてから彼女はふたたび口を開いた。「トリイはあたしを置き去りにしたんだ」
「悪かったわ。ほんとうにごめんなさい」
「それだけじゃないよ。トリイは行ってしまう時に全部を一緒に持って行ってしまったんだよ_太陽も、月も、星も、全部を。もう一度すべてを持って行ってしまうのなら、いったいどんな権利があってあたしにあんなものをくれたの?」



独立記念日の連休が終わってサマー・スクールが再開したが、シーラはその月曜日に学校に戻ってこなかった。メアリーズヴィルで彼女をバスに乗せてから、彼女の姿を見てもいなければ、声もきいていなかった。


彼女が無事に家に着いたと自分を安心させたいだけの理由にせよ、私は彼女に電話をしたくてたまらなかったが、本当的にこちらから連絡してはいけないことが私にはわかっていた。


私の気分にいつも敏感なジェフが、昼食後オフィスで問い詰めた。「さあ、で、どうなってるんだい?オランウータンはどこにいっちゃったんだ?」とジェフはきいた。


私はメアリーズヴィル訪問中にあったことのあらましを彼に話してきかせた。
「いたた」ジェフはまるで打ち身に触れたかのような声を出した。(略)


「だけど僕には彼女が何でそうなったかよくわかるよ。あの子はすでに母親に見捨てられていたんだ。そこに君がやって来て、あの子が切望してやまなかった注目と愛情を注いだ。それが今度は君が行ってしまった。六歳の子に君がやったことと、母親がやったことは違うんだといってもそれはむずかしいよ」


「ええ、それはわかっているわ。でもちがうのよ。私は教師だったんだから」
「ああ、教師だったというんならそれでいいよ。でも君のカリキュラムには何があったんだい、ヘイデン?算数か?読み方か?それとも愛?信頼?自尊心?」


「どうすればよかったというのよ?あのまま彼女を放っておけばよかったの?あの酷い状態の子を、もっとひどい環境のなかに放ったまま、何もしなければよかったの?」
椅子に背を持たせかけて、ジェフは口をすぼめた。
「私はあんなことすべきではなかったとあなたはいいたいの?」わたしはきいた。
「君はどうなんだい?」


ジェフから顔をそらして、私はため息をついた。「いまさらこんなことを言っても意味がないわ。時間をもどして事態を変えることは出来ないんだから。本当の問題は、私は今何をすべきかということよ」


親指の爪の上にペーパークリップを乗せてバランスをとり、狙いを定めてからジェフはそれを机の上の鉛筆立ての中にはじきとばした。


「この仕事についてる我々みんながすることをするしかないだろうな。つまり最後には自分が傷つけた以上に助けることが出来るようにただ祈るしかない」


〇野良猫でさえ、家に閉じ込め、啼き続ける姿を見ていると、私はこの猫を助けたのだろうか?と思えてきます。本当は閉じ込めて苦しめてるのでは?と。
例え短い命でも、野良でいた方が幸せだったのではないか…と思えることがあります。

このジェフの「祈るしかない」という言葉が、身に沁みます。


「シーラはその週いっぱい姿を見せず、次の月曜にも現れなかった。月曜の午後遅く、私がクリニックのオフィスにいると、閉まっているドアをそっとノックする音がした。
「はい?どうぞ」
シーラがそっとドアを押し開けた。「ちょっと話してもいい?」
私は頷いた。(略)


「ジェフのこと、愛してるの?」椅子の上でけだるそうに身体を前後にゆすりながら、シーラはきいた。
「彼のことは好きよ。すごくね。でもあなたが恋愛感情のことをいってるのなら、違うわ。そういう人は他にいるの」」



「「そうできればいいんだけど、あいにく今晩は先約があるのよ」と私はいった。
シーラはうつむいた。「デートなの?」
私はうなずいた。
長い沈黙が続いた。(略)


うつむいているために黄色い髪が前に垂れ、そのため彼女の表情は良く見えなかったが、シーラは重い溜息をついた。「トリイにごめんなさいって言おうと思っていたのに」彼女はつぶやくようにいった。そしてしばらく間をあけてから「それに、トリイの家に行きたかったのにな」と続けた。」