読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

私の中の日本軍 下 (陸軍式順法闘争の被害者)

「私がたえず心の中にあった二人の死をまたありありと思い浮かべる結果になったのは、ある一通の匿名の手紙が契機であった。その人は、浅海特派員と向井少尉の無鍚における不幸な「食後の出合い」の傍らにいたのか、あるいは単に、推理と想像に基づいて断定しているのか、その手紙からは的確に判断できなかったが、



いずれにしてもその人は、だれかが_というのは指揮系統上の直属上官ではないが向井少尉と親しい上級者、それも相当に上級の者が「おい向井、新聞記者も特ダネがほしかろう、ボーナスも欲しかろう、「百人斬り」でも披露して協力してやれ」と言ったというのである。


これは当然に「想像」はできる。記者会見を公務と考えるなら(おそらく公務に入ると思うが)、何らかの示唆に基づく誰かからの暗黙の慫慂もしくは許諾がない限り、一少尉というものは、軍隊という官僚機構の中で、これほど大胆に振舞うことは不可能だからである。



だがたとえこの手紙の発信者がその現場に立ち会っていても、示唆・指示・慫慂をしたその責任者は、絶対に出て来ないし、追及も不可能である。
それはS軍曹をカタヤワンに行くよう実質的には「命令」したものは、たとえ私が異常な執念で命がけで追及したって出て来ないからである。


ただ向井少尉がせめて、その示唆と事の経過を直属上官に報告して内諾でも得ておけば、二人は法廷での有利な証言も期待できたであろうに…。
それすらないと、「タテマエ」上で徹底的に追及していくと、S軍曹の場合と同様に、逆に「違令罪」という鞭で死屍を打つ結果にしかならないのである。それが日本軍であり、これと同じ図式は、満州事変から太平洋戦争まで一貫して存在しているのである。



二人の遺書の底に流れる一つの「諦め」と「無力感」に、私は自分が感じたあの「諦め」と「無力感」とを感じざるを得ない。



だが私の場合は、一切が崩れるように破局へと突入して行った。そしてすべてが消え去って行った。部隊長がその体験から割り出したよりもはるかに物凄い状況が襲いかかって来た。



帰路、ガタランの少し手前でトラックが故障し、ゲリラの包囲の中で三昼夜を過ごした。経理のK軍曹が包囲を潜り抜けて舞台に救援を依頼にいった。後に彼は戦死したが、この時は運よく彼もわれわれも助かった。



曳行されて真夜中に部隊につき、物資を下ろしてトラックを壕に入れると明け方近かった。私は山の本部に報告に行き、道路際にもどってくる途中で夜が明け、爆音がした、そして次の瞬間、目の前が比の海になったような感じがした。



恐怖に顔をひきつらせて、K兵長がジャングルの伐開路を駆け上がって来た。「少尉殿、全焼です。予備タンクにやられました」、彼は息をハアハアさせていった。



「予備タンク」とは、今の言葉で言えばおそらくナパーム弾の試作品なのだと思う。攻撃機は翼の下に大きな流線形の予備タンクをぶら下げており、まずこれの中の燃料を使って、空になると地上に落として捨てる。しかし不意に近距離で空戦になった場合は、行動の自由のため、まだ燃料を使い切っていなくても落とす_ナパーム弾の発想はおそらくここにあったのだろうか。(略)



一挙に発火さすには特殊な信管が必要なのであろう。われわれにはその実体が何かわからないので、彼らはガソリンを濃縮し、それを順次液化してエンジンに送り込んでいるのだとばかり思っていた。


従って最後まで予備タンクだと思っていたわけである。
私はジャングル道をかけおりた。すべてが消えていた。アムルンの町長とツゲガラオのEとAが集めてくれたものも、宙ぶらりんの乗用車も、部隊長用乗用車も、トラックも、民家も_そして残っているのは、醜く焼けただれた鉄板の残骸だけであった。」