読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

昭和天皇の研究 その実像を探る

天皇の反面教師 —— ウィルヘルム二世

 

一方、天皇が何に基づいてこのような行動を取られたか、これは謎として残る。というのは天皇に「敗戦教育」をした人間はいないし、いるわけがない。戦前の日本で天皇に「無条件降伏の際はこのように行動されますように……」などと天皇に教育出来るわけがないからである。(略)

 

 

しいてその「教育例」をあげるとすれば、杉浦の「倫理御進講草案」の「前ドイツ皇帝ウィルヘルム二世の事」であろう。これを読むと、ウィルヘルム二世は生涯を通じて天皇の「反面教師」であったように思われる。これは人物評としても大変に面白いので、次にそのほぼ全文を引用したいと思う(原文の国名の漢字表記をカタカナに改む)。

 

 

「最近における世界の大戦乱は、列国の形勢を一変したるのみならず、各国民の思想その他においても一代変化を与えたる稀有の事件なり。たとえばロシア、ドイツ、オーストリア=ハンガリア等の諸帝国は崩壊したるのみならず、崩壊後に創立せられたる共和政府も、果たして確立し得べきや否やも疑問なり。

 

 

また諸国民の思想も、富の分配に関する経済上の問題、および平等自由の政治的問題に関して動揺しつつあるなり。かかる点より観察すれば、最近の大戦乱は、実に全世界に不安と苦難とを与えたるものというべし。

 

 

さてこの大戦乱は、何が故に破裂したるかは、外交上その他種々の関係によるものなることもちろんなり。しかし、戦乱を惹起したる中心的人物を求むれば、何人も、ドイツ皇帝ウィルヘルム二世を以てその人となさざるなし。

 

 

ドイツ皇帝ウィルヘルム二世は、そもそも如何の人ぞ。これに関しては世上すでに種々の評論あり。いまさらに言うべきものなしといえども、近ごろ偶然にも一書を手にするを得たり。この書は「世界戦乱に関して」と題し、全オーストリア=ハンガリア帝国外務大臣ツェルニン伯の著にかかれり。いまこの書を読みて感ずる所あるが故に、一言、申し述べんとす」

 

 

とあって、次にこの本がどのようにして日本に送られてきたかが記されている。杉浦にこれを贈呈したのは穂積陳重(明治・大正期の法学者)で、おそらく「反面教師」としてぜひ、若き裕仁親王に講義するようにとあったらしいが、そのあたりは省略されて明らかではない。杉浦はつづける。

 

 

「該書中、前ドイツ皇帝ウィルヘルム二世に関する論評あり。先ずその要点数条を左に抜粋す。

 

(一) 各個人は門地、教育、経験の産物なり。ウィルヘルム二世を判断するにつけても、帝が少年時代より成人に至るまで、常に欺かれ、決して存在せざる社会をのみ示されたるものなることを、先ず念頭に置かざるべからず。云々。

 

 

(二) 予は、ドイツ皇帝よりも更にまさりて善意を有する王者の存するを思わず。帝は己が観じたる天職のために生存したるなり。すべての考慮、希望はことごとくドイツに集注せられたり。帝の愉快、娯楽はすべてドイツ国民を偉大に、かつ幸福になさんとする唯一の理想に随うのみ。もし単に善意にして大事を為し得るものとせば、帝はこれを成し得たるならん。云々。

 

(三) 帝は決して自身の行動の真実の結果を知り給わざりき。帝は実に親近者のみならず、すべてのドイツ国民に依りて誤り導かれたるなり。

 

(四) 帝王は実生活の学校における訓練を欠く。故に人情の見積もりを誤るを常とす。

 

(五) 予の知れる範囲にては、皇帝に対して率直に談話するの習慣を有したる大将一人あり。これをアルヴィス・ションブルグとなす。

 

(六) 帝が生活せられたる空気は、最も健全なる植物をも枯死せしめたるならん。帝の言行は、善悪いずれにもせよ、直ちに熱心なる称讃を博し得たり。空中にまで帝を称揚する人物の一ダースほどは、常に手近に居りたり。

 

(七) もし帝の行為の悪果を、帝に対して明言し、世界を通じて帝への不信の増加しつつあることを知らしむる人物ありしならば、すなわち、かかる人物一、二人ならずして、十数人ありたるならんには、必ず帝に反省を促し得たるならん。

 

(八) 帝は全く親切にして、かつ善良なる人物なり。善事を為し得る以て真実の愉快となし、敵をすら憎むことを為さざりき」

 

 

以上について、ツエルニン伯は事実を挙げて詳細に論じていると彼はつづける。ここに記されているウィルヘルム二世は、当時一般に持たれて

いた印象と非常に違う。(略)

彼は大野心家で、第一次世界大戦は、彼が勃発させたと見るのが普通だからである。ついで杉浦は「次に所感を述べんとす」としてつづける。

 

 

「ドイツ皇帝ウィルヘルム二世は、鋭敏にして才略あり、天性また善良人物たりしこと、宗教的には信仰あり、倫理的には道徳あり、一代の明君たるべき素質を有せられたること明瞭なるに、四囲の空気不健全なるがため、ついに国を誤り、身を誤るに至りたるなりというは、ツェルニン伯所論の大要なり。

 

 

王者は常に深宮にあるが故に、ややもすれば世の実情に通ぜず。これ古今東西の歴史において常にしかる所なり。故に歳月を経るに随いて、その明智もまた陰翳を生ぜんとするの恐れあり。故に古来明君の為す所はよく直言を納れ、よく諫を聴くを怠らざりしなり。(中略)

 

 

もしそれ王者が一々自己の言行を称讃せられ、意満ち心傲るに至りては、その人必ず眜し。古のいわゆる暗君は、おおむねみな、かくの如し。(略)

その他秦二世皇帝の如きは日々趙高の甘言を喜びて、人心の離反を知らず、天下の大乱を知らず、これまた、たちまち滅亡す。

 

同じドイツにおいても、ウィルヘルム一世はよく人を知るの明あり。ビスマルクモルトケのニ大人物を任用して、以てドイツ帝国創建の大業を完成したり。ビスマルクの如きは忠君愛国の念旺盛なれども、ウィルヘルム一世に対しては、往々顔を犯し(恐れることなく、諫めること)、理のある所を直言するの雑事をあえてしたりき。

 

 

ウィルヘルム二世は、即位前よりビスマルクと相善からず、これを以て帝の位に登るや、久しからずして、老宰相は職を辞したりき。帝はビスマルクに代わるべきほどの大人物を用いることなく、かえってルウデンドルフら一派の人々を重用し、多くは万事を自ら処決したりしなり。

 

 

しかして忠言を聞くことを喜ばず、以て一身と国家との破滅を招くに至れるは惜しむべきなり。いかに鋭敏にして才幹勝りたるにもせよ、かくの如きは王者の道より見て、以て大なりとすべからず。これらの問題に関しては、かつて鏡、納諫(諫言を受け容れること)、明智、任賢等の諸項(「倫理御進講」の項目)において、幾たびか繰り返して申し述べたる所なり。

 

 

 

ことに欧州諸国の歴史は、王権と民権の争い、換言すれば圧制と自由との争いを以て、数百年を一貫せるものなり。故にロシアのロマノフ王朝が倒壊するにあたりても、十数万の貴族中、一人として起って、王事に身命を捧げたるもの無きなり。

 

 

ドイツはロシアよりもさらに強固たる国家なりしも、ウィルヘルム皇帝倒るるにあたりて、また猛然として死力を致したるものあるを聞かず。これ一半は歴史の自ずから然らしむる所なるも、また一半は皇帝および上流諸士の自ら招く所の禍なりというべし……」」

 

〇 今の私たちの国の状況と重ねて考えてしまいます。