読んだ本のメモ

印象に残った言葉をメモします。

パンとサーカス

〇 昨日(8月29日)で新聞連載小説「パンとサーカス」が完結しました。

私の頭ではついて行けないほど、複雑で奥行きが深く、絶望的な気持ちになることもありながら、読みました。でも、最後は、少しホッとできる終わり方で良かったです。

 

7月21日と22日の記事を載せておきたいと思います。

「 344回

法廷でその録音内容が再生されたが、「代金は現金で払うので、指定の場所まで取りに来てくれ」という空也の声が残されていた。これは空也の事件への関与を示す決定的な証拠となった。検察は法廷での証言の見返りに別件での罪を軽減する取引を持ち掛け、ボンビーノが応じたに違いない。

 

 

南塚はボンビーノが空也を売る想定はしておらず、不覚を取った。この奇襲によって、空也の無罪を勝ち取る可能性は実質、失われた。

空也には実刑判決の覚悟は出来ていた。というより、太郎が無期懲役を宣告されたのに、自分が無罪放免になるわけにはいかないとさえ思っていた。法廷では寵児や弁護人の指示に従い、単に暗殺やテロを空想しただけだという主張を続けていたが、自分が確信犯として、内乱を企て、実行を指令したのは紛れもない事実である。

 

 

世相が変化しつつあるのは空也が実現したからであって、この件に自分が関与していないということはあり得ない。内乱は成功すれば、罪には問われないはずだが、その条件を満たすためには自分が支配者になり、自らを免罪するほかない。それなのに、こうして訴追され、裁判を受け、「自分は関わっていない」と無罪を主張すること自体が間違っている。

 

 

 

誰かが自分の後追いをし、内乱を完遂しなければならないのだ。革命成就の暁に自分は晴れて釈放され、英雄として凱旋する。自分はどれくらい冬眠させられることになるのか?それは弁護人や内乱を引き継ぐ人々次第だ。

 

 

検察官の論告求刑も弁護人の最終弁論も上の空で聞いていた。空也の心はここにはなく、イソノミアに置いてきた。あの仮想都市の中にいる限り、自分は英雄で居られる。あいにく体の自由は奪われているが、心は不愉快な現実から遠く離れて自在に飛び廻ることができる。

 

 

 

どうせ今は誰もがウイルス感染を恐れ、自分を狭い部屋に閉じ込め、他人との接触を忌避しているのだから、娑婆にいようが、刑務所にいようが、大した違いはない。

空也は特に何もいいたいことはなかったが、裁判官に最終陳述を促されると、証言台に立ち、自らの心境を吐露し始めた。

 

 

―—— 私はどんな悪事を働いたのか?私は一体何がしたかったのか?逮捕されてから、幾度となくそのことを考えてきましたが、正直、私には全く罪悪感というものがなく、何を悔い改めなければならないのかわかりません。

 

 

 

345回

 

―—— 私は自国党議員の汚職に加担したり、官邸の下請け仕事として、政敵の失脚を画策したことがありますが、その時の方が強い罪悪感を抱いたのは事実です。同時に私はこうも思った。権力をもつ者はなぜかくも横暴で、節操がないのか、と。

 

 

 

税金、公金を私物化し、使途も明らかにせず無駄遣いをする一方で、福祉を切り捨て、弱者、貧者をとことん追い詰める。違法などいくらやっても罪を問われない、そんな無法者たちに権力を行使させた責任は検察官、裁判官のあなた方にもあります。そして、特に理由もなく彼らを支持し、服従してきた無知で、無関心な有権者もあなた方と同様に罪深い。

 

 

 

彼らは誰も傷つけない、騙したり、裏切ったりせず礼儀正しく、おとなしい。彼らの沈黙の同意によって、腐敗政治がいつまでも続いたのです。私は無法者が正義の裁きを受ける世界を空想したに過ぎません。空想しかせず、実際に行動しようとしなかった。それこそが私の罪なのです。しかし、私の空想に基づき、世直しを実行する人が現れてくれた。

 

 

 

山田太郎、池上学ほかの面々は、権力の服従者に過ぎないあなた方に代わり、この国で最も権力を奮う売国奴たちを罰してくれたのです。彼らのお陰で、私の罪は軽くなるのです。もし、世直しの計画を具体的に練ったことが罪になるのなら、勝手に刑を宣告するがいい。あなた方に裁かれても、私は痛くも痒くもない。

 

 

 

しかし、私の空想から始まった一連の世直しの動きは今後、市民の暗黙の連帯によってさらに広がっていくでしょう。もう誰にも止めることは出来ない。それこそが私の救いになるのです。私を刑務所に送っても、早晩、彼らが私を解放してくれるでしょう。その時は、あなた方は今の地位も名誉も失い、路頭に迷うことになるのでお覚悟を。終わります。

 

 

 

 

空也の最終陳述を聞いていた傍聴人の間からは自然に拍手が起きた。裁判官は木槌を叩いて静粛を求め、判決を一週間後に言い渡すと告げ、閉廷した。

傍聴人の中にはヤンバル・クイナ始め、イソノミアの住人達が七人ほど紛れていて、その夜のうちにネット上には空也の最終陳述の書き起こしが広まり、「空也祭り」の様相を呈した。

 

 

 

無期懲役判決を受けた元ホームレスの実行犯山田太郎もまた英雄扱いを受け、イソノミアの駅前で託宣を口走っているホームレスは彼だという噂が駆け巡った。」

 

〇ここまでが、7月21日22日の記事です。

最後に昨日(382回)の最後の言葉をメモしておきます。

 

「これにて完結。長きに亘るご愛読に深く感謝いたします。現実の政治にも大きな変化が訪れますように。乱世にあっても、人々の良心と愛が報われますように。島田雅彦

 

〇本当に…… 現実の政治が少しずつでも良い方向に変化していきますように。と心から共感しながら読み終えました。